【合評】スピッツ『小さな生き物』(Universal)

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 スピッツは大衆のイノセンスを守り続けている。やさしい箱庭を支え続けている。彼らの演奏はときに彼岸の響きを帯びる。安易な希望を信じない地点から鳴らされている。君を忘れないと歌いながら、相手がすでに彼を忘れ去ったことを知っているのかもしれない。アルバムのタイトル・トラック小さな生き物は、生き続けることを力強く宣言するミディアム・テンポのナンバー。先行シングルさらさらは美しいアルペジオが繰り返されるうちに過酷な現実に直面する。途中で語りのような歌が挿入される展開に、歌詞を聴かずとも何らかの再生、あるいは来世のことが頭をよぎる。アルバム全体を通して聴くと、伝統的なブリット・ポップの通低音に、70年代サイケ・ロック、80年代AORからの借用など、様々な意匠がほどこされてはいるが、核となるテーマは一貫して変わらない。


 浮かんでは沈み現れては消えるような展開と音響処理からか、日本のシューゲイザー・バンドの源流と呼ばれることもある。ART-SCHOOLの木下理樹を始め、後続に与えた影響は大きい。最近ではスカートの澤部渡もその系譜につらなるだろうし、メロディーの癖のみならず精神性という意味では、UNISON SQUARE GARDENからも強い影響が透けて見える。普遍的なポップスへの貪欲な志向性に加えて、彼らの初期の代表曲「ガリレオのショーケース」の歌詞では、スピッツの「運命の人」で歌われた、コンビニで買えるような気軽な恋愛に対する皮肉が、そのまま受け継がれている。


 スピッツに話をもどす。理不尽なこの世界で生き続けなければならない、けれど僕は負けない。最初は純粋に自分たちの気持ちを歌っていればよかった。しかし商業的成功をへて、名もなき大衆ひとりひとりの孤独や不安、夢と希望を代わりに歌い続けることを余儀なくされる。安っぽい応援ソングのように高みから見下ろしてガンバレ! と投げかけるのではなく、自らも懸命に走り続けなければならない。3.11以降、震災後のムードさえ一身に引き受けてしまう。草野マサムネが倒れツアー・キャンセルしたことは象徴的だ。子どもたちや学生、全国の主婦、サラリーマン、かれらの日々の生活で蓄積されたストレス。それらがスピッツというスポンジに吸収されていく。


 ASIAN KUNG-FU GENERATIONの後藤正文編集の新聞THE FUTURE TIMES5号で「震災の後、精神的ショックでメシがまったく食えなくなった」とマサムネは語っている。不安障害はかつての神経症とほぼ同義の概念である。統合失調症や躁うつ病と比べ、遺伝素因がそれほど明確ではない。つまり誰でも限度以上のストレスがかかれば罹る可能性があるのだ。不安への耐性も、何を大きなストレスと捉えるかも、人それぞれ。車に轢かれかけたために、仕事へ行けなくなるひともいれば、生死の境をさまよう大事故に巻き込まれても、何事もなかったように生活するひともいるだろう。しかし仮にどれだけタフで余裕のある精神を持ったひとでも、人一倍すぐれた感受性を兼ね備え、全てを受け入れていけば、いずれキャパシティー・オーバーしてしまう。すべては相対的な問題なのだ。マサムネが3.11以降の人々の不安を残らず感じ取り、身代わりとなったとしたら、その負荷は計り知れない。


 同じく『THE FUTURE TIMES』5号でマサムネはこうも語っている。「NO FUTUREというのは、未来がすごく見えてるから歌えたことかなと思います」。かつてその言葉を使ったパブリック・イメージ・リミテッドのジョン・ライドンは、現在は肯定的な希望を歌っているように思える。マサムネもやはり未来へ向かって歌い始めている。空に飛び立つこと、そして確かな足どりで旅に出ることについて。

 


(森豊和)

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 今作のデラックス・エディションのDVDにも収められており、昨年のライヴ、フェスでリ・アレンジされた「運命の人」が披露されていたが、当時、97年のこのシングル前後のスピッツは不安定な模索時期にあり、この曲に関しても、ブレイクビーツが取り入られ、それまでにないストレートな歌詞が露顕したものだった。


 96年の「チェリー」というヒット曲でも《"愛してる"の響きだけで 強くなれる気がしたよ》とポップ・ソングの常套句たるフレーズ"愛してる"そのままを避け、響きというニュアンスを加え、幻想性といびつさを差し込むところにソングライター草野マサムネの気骨を感じられたが、「運命の人」では、バスの揺れ方で人生の意味が解かる日曜日、コンビニで愛は買える、アイニージュー(I need you)といった直截性と衒いのなさに"変な下着に夢が弾ける"と、それまでらしい暗喩と迷いがこんがらがって綴られていたのには少しの戸惑いをおぼえた。


 当時のインタヴューで草野は、趨勢していたプロディジーやケミカル・ブラザーズのデジタル・ロック的なもの、さらにオアシス、ザ・ヴァーヴへの言及もしながら、あらためてピクシーズの敢えてのダサさにハマっていると同時に、エンヤについても矛盾なく聴いているというのが印象的だった。ピクシーズとエンヤの間に立ちながら、既に日本ではトップ・セールスをあげているバンドとしてJ-POP枠でMr.Childrenやウルフルズなどと並列に置かれていた錯誤。抽象描写と写実描写の往来、ときに柔らかなメロディーにシンプルなバンド・サウンド、清冽な声から演繹されるロマンティシズム、ファンタジーと文学的な透明感、集態イメージとしてのスピッツは、いまだ「ロビンソン」や前述の「チェリー」がある種の交換の象徴とされていても不思議ではないが、個人的にフランスの小説家、画家、思想家たるピエール・クロソウスキー、更には遡及してのサド、そんな妖しさと不穏さがこれまでずっと仄かな通奏低音として響いていたところに魅力を感じていたのも否めない。


 例えば、クロソウスキーの1965年の小説『ヴァフォメット』では、身体、言語の相互互換、スイッチング・ミスのようなところがある。言語操作は理性稼働に関わるが、身体性の倒錯にあるという場所から純粋言語―不純な沈黙、不純な言語―純粋な沈黙の関係の統合の不全。スピッツの基礎言語系とは、何らかのそういった不全を孕んできた。ゆえに98年の『フェイクファー』では、初期からの模索過程、そして『ハチミツ』というブレイク作、それを経ての少し混沌とした『インディゴ地平線』を均質化する必要性があったのかもしれず、そこでの淡さと冒頭に記した「運命の人」の時期は、バンド内での再設計が必要だったのだと思う。そうしたバンド内での再設計の必要性を求めていたときから、この『小さな生き物』ではバンド外での思わぬ出来事による再設計という内因/外因の差異はあれども、ミッシング・リンクしてくるような感覚もおぼえる。


 その"外因"とは、端的には2011年の東日本大震災であり、その影響をダイレクトに受け止めた草野マサムネは倒れ、ツアーは延期、新曲のメドも見えない状態になり、彼の復活を待つメンバーというなか、普通にバンドとしてやってゆく懊悩を抱えていたところで、2012年の夏辺りから着想が固められていった過程で出来上がったこの新作では、彼らのアルバム・ジャケットは特に頻出する女性のモティーフではなく、少年とグライダーが印象的なものになっている。思えば、アルバムでは彼らのなかでもオルタナティヴ色が特に強い92年の『惑星のかけら』が弓を引く少年だった。長い歳月をタイム・リープするにしてみても、弓を引くから飛ぼうとする少年へ。そういったところも掘り下げて考えてみるのも面白い。


 エロティシズム、セックスと妄想、死生観と無為性、軸はブレないままながら、05年の『スーベニア』以降と言おうか、小文字の作為性ではなく、大きな言葉がソリッドなバンド・サウンドで纏められている。その点では、『さざなみCD』『とげまる』の系譜に並ぶかもしれないが、精緻にはやはり違い、よりメッセージ性が伝わるという文脈ではタイトで真摯なまっすぐさが目立つ。


《未来コオロギ 知らないだろうから ここで歌うよ 君に捧げよう》

(「未来コオロギ」)


《負けないよ 僕は生き物で 守りたい生き物を 抱きしめて ぬくもりを分けた 小さな星の隅っこ》

(「小さな生き物」)


 コオロギ、としてのか細く啼く代名詞的に自分たちそのものを置き、あくまで、"生き物としての人間"を奪還しながら、それでも、未来を冠詞に備え、また、「オパビニア」という曲も入ってくるところが本懐でもある。ちなみにオパビニアとは、古生代カンブリア期の絶滅種。属としても一種のみとされており、その子孫を夢想するように、パンキッシュな「野生のポルカ」での《最高の野生種》の意味が遠景する要素はキャリアを重ねても、スピッツの弧然とした在り方を表前させる。野生種のまま、小さな生き物の未来を護れるように。


《笑えない日々のはじっこで 普通の世界が怖くて 君と旅した想い出が 曲がった魂整えてく 今日もありがとう》

(「僕はきっと旅に出る」)


 笑えない日々が続くとしても、エンドロールには確かにまだ早すぎる。今、スピッツは以前のように、"野生のチューリップ"を探す側に立つのではなく、自ら野生としての矜持から、同時代の世界の隅の多くの生活者、聴き手を照らす。



(松浦達)

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