THE FIELD『Cupid's Head』(Kompakt / OCTAVE-LAB)

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 アクセル・ウィルナーことザ・フィールドは、ファースト・アルバム『From Here We Go Sublime』の時点で、すでに完成の域に達しているアーティストだったと思う。ザ・フィールドの代名詞といえば、聴き手を恍惚に導く執拗なループ・サウンドだが、その確固たる哲学は、ファースト収録の「Over The Ice」「Everday」などでひとつの頂点にたどり着いている。加えて、シューゲイザーの要素を含んだドリーミーなサウンドスケープ、それからループのなかに潜ませた親しみやすいメロディーもある『From Here We Go Sublime』は、ポップ・ミュージックに必要不可欠な共時性と通時性を巧みに共立させていたという点で、あまりにも隙がなさすぎる作品だった。それゆえ、複数のサウンド・レイヤーを重ねた厚みのある音像が前面に出た『Yesterday And Today』、アルバム全体のテンポを落とすことでドラッギーとも言えるトリップ感に接近した『Looping State Of Mind』、そして、ループ・オブ・ユア・ハート名義でリリースしたアンビエント・アルバム『And Never Ending Nights』と、ひとつの完成形を提示するというよりは、試行錯誤の経過を発表していくような実験的側面が強くなってしまい、作品を重ねるごとに『From Here We Go Sublime』で見せていたキャッチーな側面は薄れていった。もちろんそうした試行錯誤は興味深いものであり、変化の過程を追うのは面白くもあったが、それはウィルナーが聴衆という存在から遠ざかる、言ってみれば"独り善がり"によって生じる面白さだったことも事実だ。


 こうしたことをふまえて最新作『Cupid's Head』に触れると、完璧を求めているがゆえの緊張感は減退し、牧歌的な雰囲気が漂っていることに驚きを覚える。本作はすべてハード・ウェアによって作り上げられた作品で、ゆえにラフな質感も残っているが、ループに対するこだわりは健在。ただ、これまでの作品と異なるのは、そのループが従来の徹底的に磨き抜かれた洗練美ではなく、ウィルナーの音にしてはとても生々しい粗さがあることだ。この点を、自身のプロダクション技術を捨て去ったと批判的に捉えるか、それともウィルナーの姿が初めて剥き出しになった意欲作と見るかで評価は変わってくると思うが、筆者はその剥き出しになった意欲作として本作を評価し、もっと言えば、『From Here We Go Sublime』と比肩する傑作であると思っている


 まず、『Looping State Of Mind』までのウィルナーが構築美を追求していたとするならば、本作はアイディア一発勝負の瞬発力に傾倒したうえで作り上げられた作品である。「20 Seconds Of Affection」ではキックの音が明確に刻まれ、さらにシカゴ・ハウスのビートを滲ませる「Black Sea」は、昨今注目を集めるロウ・ハウスに近い文字通りのダンス・ミュージックに仕上がっており、本作におけるウィルナーは今まで以上にワイルドで肉感的だ。これまでの作品群は、肉体から精神を解き放つようなユーフォリア、仏教的に言えば"身解脱"を目指している節もあったが、本作はもっと原初的な"踊る"という行為に着目したような作風になっており、先述したラフな質感も手伝って、人間臭さを醸し出している。


 そんな漂白されきっていない作風ゆえか、本作のジャケットはトレードマークだった白系の色ではなく、黒を基調としたデザインになっている。このデザインはもしかすると、ストイックな完璧主義者という呪縛からウィルナーが解き放たれ、新たな未来に向けた自由を獲得した証左なのかもしれない。いわば、不完全であることの面白さとスリルにウィルナーは目覚めた。


 そういった意味で本作は、ジャケットの黒さから抱くイメージとは裏腹に、とてもポジティヴで前途洋々なウィルナーの姿が窺える作品だ。



(近藤真弥)

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