RAS G『Back On The Planet』(Brainfeeder / Beat)

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 数を信仰していたと言われているピタゴラス学派の人々は、一見無秩序的な宇宙にも、「ハーモニー」や「シンメトリー」(当時の言葉だと、「ハルモニア」と「シンメトリア」)といった数的なものに由来する美しき秩序が存在すると考え、追及をした。


 ということを、『Back On The Planet』を聴き終えた時にふと思い出した。先のピタゴラス学派の話には、ピタゴラスが「宇宙」のことを、ギリシア語ではもともと「秩序」や「調和」を意味する言葉として使われていた「コスモス(kosmos)」と、最初に呼び始めた人物だという背景があるそうだ。ラス・Gも、土星からやってきたジャズマン、サン・ラから影響を受けこともあり、たびたび作品を通して宇宙へ思いを馳せる。ベース、リズム、サンプリングといった様々な要素が入り乱れる無秩序的なトラックを、熟考を重ねながらナンバリングしていくことによって、アルバムという秩序ある形で、広大かつ深遠な空間を表現している。そんなラス・Gの姿が、どうやら頭の中でピタゴラス学派の人々とリンクしたようだ。

 

 ラス・Gは、《Brainfeeder》のアーティストたちの中でも・・・いや、もっと抽象度を上げて、LAビート・シーンの中で見ても、異質な存在といえる。それは、彼が「ポストJ・ディラ期のヒップホップ・プロデューサー」と「サン・ラのアフロ・フューチャリズムを受け継ぐ者」との中間で、絶妙なバランスを保ちながら活動をしているから。もっと言うと、サン・ラの思想と音楽性を受け継ぐ以前から、アフリカ回帰主義思想を持つラスタファリアンとして生活をしてきたグレゴリー・ショーター・ジュニア(ラス・Gの本名)が、ラス・Gというアーティストの揺るぎない個性を根源から作り上げているからである。また、多少大袈裟ではあるが「ラス・Gのアフロ・フューチャリズムを受け継ぐ者」、あるいは彼とその他のヒップホップ・プロデューサーとを接続する若手アーティストがなかなか現れないことも、彼の唯一無二性をますます強めているだろう(個人的には、パリで活動するアズ・ヴァレーに期待している)。


 オープニング・トラック「Back On The Planet」で、白煙とパーカッションの乱打に包み込まれながら、意識は一気に遠くへとワープする。「All Is Well...」になった時にはもう無重力空間。ぼかすだけぼかしたシンセ・サウンド、ローファイなメロディーとサンプリング、ポリリズミックなパーカッション、低周波のビートの錯乱が、体ごと奥へ奥へと引き込まれているような感覚を生む。ところが、「Along The Way...」や「_G Spot Connection」辺りから状況は一変する。別の空間に突入したかの様に、徐々にヒップホップ・ビートが目を覚ましていく。このゾーンでクートマの名がトラック名に使われているのも納得ができる。ただ、このヒップホップ・ゾーンはあくまで目的地への経由に過ぎず、「Astroid Storm...」を越えると、再びアフリカニズムが戻る。さらにフリー・ジャズ、サン・ラのスポークンワードも加わり、終盤にしてアルバムは混沌を極める。しかし、アルバムの目的地「Jus There...」に達した時、いつの間にどこで引き返したのか、意識と体はスタンダードなヒップホップ・ビートと共に、LAに足を付けている。もしかすると混沌としたアルバム終盤は、序盤から中盤を巻き戻していたからかもしれない・・・などと考え始めると、この作品の持つ秩序性はいかようにも考えられる気がする。


 今やレア盤になっている初作『Ghetto Sci-Fi』から5年、ラス・Gはいまだに不可思議な宇宙を求め続けている。擬似的にLAの地に足を付けながら、まだまだLAビート・シーンは熱いな、と思った。



(松原裕海)

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