NINE INCH NAILS『Hesitation Marks』(The Null Corporation / Universal)

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 トレント・レズナー、アッティカス・ロス、アラン・モウルダーという強力なプロダクション陣で送る、ナイン・インチ・ネイルズ(以下NIN)8枚目のニュー・アルバム。ロスとのサウンドトラック『The Social Network』『The Girl With The Dragon Tattoo』や、モウルダーが手がけたことで知られる『The Downward Spiral』『The Fragile』を期待して間違いないだろう。2008年にリリースされたインストゥルメンタルの6th『Ghosts I-IV』と7th『The Slip』以来、先のサントラとハウ・トゥー・デストロイ・エンジェルスを経て久しぶりのNIN名義での作品となり、2009年のツアーのあとNIN名義での活動は休止状態に入っていたため、こうして傑作を引っさげて帰ってきてくれたことがとても嬉しい。


 2nd『The Downward Spiral』がリリースされた頃、アメリカの音楽といえばグランジなどのシンプルなバンド・サウンドを聴かせるディストーション系が多く、インダストリアルとも言い切れない乾いた電子音は異質に感じた。ただ歪んでいるわけでもなく、ただ破壊的なわけでもない、音や歌詞ともに完成度の高い作品だった。胎児が螺旋状に降りて産まれる様に例えて自身の内側を描くストーリーを、ジョイ・ディヴィジョンにも通じる当時としては珍しい懐古的なサウンドと独特の電子音によって、実験的に魅せてくれた。今回のニュー・アルバムは、19年前にリリースされた2ndへの返答を、その歌詞とサウンドで示しているようでもある。


 デジタル音を中心とし、ファルセット・ヴォイスが美しい今作。多様な楽曲群でありながら統一感があって、聴けば聴くほどそのクオリティの高さに驚かされる。"不完全とは我々が常に目指しているもの、不完全の完璧主義であり、トレント・レズナーは完璧主義者ではない"とアラン・モウルダーは語っているが、あらゆることが計算し尽くされたように感じてしまう。アルバムからの1stシングル「Came Back Haunted」  に代表されるどす黒い暗さが色濃くもあるが、作品全体をよく表している2ndシングル「Copy Of A」などシンセサイザーが強めの曲が新鮮に聴こえ、綺麗なメロディーで聴かせる一面も多く見られる。チル・アウトできる楽曲が多いけれど、ハウ・トゥー・デストロイ・エンジェルスと違って男性の声しか入っていない男臭さはNINならではの良さだと思う。


 4th『With Teeth』以降の世界観は比較的外向きに傾倒していたため、3rd『The Fragile』以前の詞世界に近い今回の作品は、活動休止前のNINとは異なるものだと言えそうだ。それは、2009年にトレントがマリクイーンと結婚したことや、映画の音楽を作っていたこと、女性ヴォーカルをフィーチャーしたハウ・トゥー・デストロイ・エンジェルスの活動など、様々な変化の要因がうかがえるが、何が決定的だったのかはわからない。いずれにせよ、それらが良い方向に影響した結果生まれた作品で、一度NINから離れたからこそ見えてきたものがあるのだろう。"ためらいの痕"(Hesitation Marks)とは、2ndで言っていた「Mr. Self Destruct」「Hurt」などの自傷行為であると同時に、トレント自身が開けるパンドラの匣ではないだろうか。再び戻ってきたNINは、素晴らしい再出発を見せてくれた。



(吉川裕里子)

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