JESSY LANZA『Pull My Hair Back』(Hyperdub / Beat)

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 スイートかつ歯切れのいいクールさをたたえたヴォーカル。私は《Hyperdub》の新鋭ジェシー・ランザにマドンナの幻影をみる。


「あなたが何をしようが私には関係ないわ」。本作のタイトル・チューン「Pull My Hair Back」でジェシー・ランザはそう言い切る。ピーター・フック著『ハシエンダ - マンチェスター・ムーヴメントの裏側』によれば、マドンナのアメリカ国外初進出はイギリス、マンチェスターのクラブ・ハシエンダにおけるTV撮影だったという。当時彼女のマネージャーだったニューヨークのカリスマDJマーク・カミンスが《Factory》の創始者トニー・ウィルソンらの友人だった縁だ。数年後トニーはディナーの席で偶然マドンナと出会う。TV出演のことを覚えているか? とたずねたら、彼女はこう答えたという。「そんな記憶は完全に消去されてしまってるわ」。


 近藤真弥は日本盤ライナーにおいて、本作の主要な音楽要素はハウ・トゥー・ドレス・ウェルをはじめとしたPBR&Bだと書いている。その原稿が世に出た矢先、2013年11月におこなわれるハウ・トゥー・ドレス・ウェルのカナダ公演のサポート・アクトに彼女が抜擢されたのは必然かもしれない。また近藤はPBR&Bの源流としてブルー・アイド・ソウルについて言及している。本来は黒人のものだったR&B、ソウル・ミュージックを白人が取り入れた試みだ。デヴィッド・ボウイを源流にその影響はニュー・ウェイヴに及び、2000年代以降の音楽シーンにおいてもジェームズ・ブレイクディスクロージャーといった、影響を隠さない新星が現れ続けている。プリンスをリスペクトするホット・チップの名をあげるまでもなく、R&B、ソウルからの借用はロックンロール黎明期から現在まで続く伝統的マナーだ。80年代以降、より顕著にスタイリッシュに進化し、時と場合に応じて呼び名が変わってきただけで。


 冒頭に書いたようにその文脈で、私はシンガー・ソング・ライターとしての彼女に2010年代のマドンナをみる。ジェシーは10代でクラシックを学び、大学ではジャズ・ピアノを専攻した。ジャズはR&Bに由来するから現在のスタイルへの移行は自然だったという。彼女はたくさんのR&Bを聴き吸収した。特にアリーヤやミッシー・エリオットのような90年代のR&Bに惹かれた。本作から香るエロティシズムはその影響だという。プロデュースは同郷のジュニア・ボーイズのジェレミー・グリーンスパン。彼のコネクションで《Hyperdub》からのリリースが決まったというが、むろん先方に気に入られなければ話にならない。本作にはKeep Movingのように直球でフロア映えするトラックもあるが、冒頭でラップを乗せたリズム・トラックが続くことで、ジェシーのヴォーカルがより引き立つ5785021のような変化球も散りばめられている。シンセサイザーとウィスパー・ヴォイスが軽やかなリード・チューンKathy Leeからはグライムスマリア・ミネルヴァら昨今のインディー・ダンス勢との共振が感じられる。しかし全体に漂うムードは、ミニマルなベース・ラインによって支配されている。その上を自在に飛び交い、安易に男や世界に媚びない彼女がいる。ゆえに《Hyperdub》的であり、同時にマドンナの匂いがただよう。



(森豊和)

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