FACTORY FLOOR『Factory Floor』(DFA / P-VINE)

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 エモーションが抑えられたクラフトワークの電子音楽にファンクネスを見たアフリカ・バンバータは、クラフトワークの「Trans-Europe Express」を元ネタとした「Planet Rock」を生みだし、ヒップホップの創成期において存在感を示した。そのヒップホップに影響されたビースティー・ボーイズは、ヒップホップと出自であるパンクを交雑させることで、ヒップホップの独自解釈を提示してみせた。このようなキャッチボールの繰り返しによってポップ・ミュージックの歴史は築かれ、それは今も続いている。


 阿木譲によると、「あまりにも過剰だった80年代から2013年までの情報を掌握しようと思っても、いまだソーシャルネットワークの表面に浮かび上がって来ない闇に眠ったままの真実の音楽の文脈/情報/歴史は腐るほどあって、その文脈を掌握することはいまとなっては不可能」(※1)だそうだ。この話には一理ある。例えば、2000年代末、リトルブーツやラ・ルーなどの80sサウンド色濃い音楽を纏うアーティストが注目されたが、その盛り上がりも落ち着き"次は90sサウンドか?"と思いきや、2010年代に入ってベータマックスなどの《Telefuture》周辺やセロレクト/LAドリームズといった、80sエレ・ポップにピュアな愛情を向けた潮流が突如現れるなんて一体誰が予想できただろうか? そしてこの潮流に乗るかのように、ディプロが主宰する《Mad Decent》のサブ・レーベル《Jeffree's》は、スウェーデン出身のミッチ・マーダーによるモロ80sエレ・ポップなEP「The Touch」をリリースしている。こうしたカオスな状況は、クロスオーヴァーさせるジャンルのルーツなり文脈を意識していない、いわば無自覚な混血も多く生み出し、その無自覚な部分に批判的な意見もある。だが、従来の文脈/歴史の捉え方では到底理解できない動きが次々と出てくる現在に面白さを見いだせるのもまた事実であり、それを否定してしまうのは、音楽の可能性を狭めることになると思う。


 さて、ファクトリー・フロアの正式デビュー・アルバム『Factory Floor』である。ロンドン発のスリー・ピース・バンドによって作り上げられたこの作品には、確固たるジャンル的立脚点がない。シンセのシークエンスはジョルジオ・モロダーを感じさせ、アルバム全体を支配する執拗な反復ビートからはクラウトロックの要素を窺うこともできる。さらに「Breathe In」はアシッド・ハウス、そしてひたすらアーティフィシャルなビートを刻む「How You Say」はLCDサウンドシステムザ・ラプチャーの匂いを漂わせるが、これらの音楽的要素は時代性を徹底的に削ぎ落とされ、それゆえひとつひとつの音粒が奇妙に歪みながら乾ききっている。ここまで挙げてきたジャンルやバンドから、本作の立ち位置を決めることもできなくはないが、それはどこまでも聴き手の解釈と想像力に委ねられている。そんな聴き手と送り手の相互作用によって生じる拡張の余地があるという意味で、本作は価値観の多様性を認める作品だ。


 しかし、過剰とも言える引き算を経てもなお、残っているものがある。それは"ダンス"だ。本作のダンス・ミュージックはとことん機能的で、バンドのメンバーであるドミニック・バトラー、ニック・コルク、ゲイブ・ガーンジーの顔がまったく見えてこない。あるのはチャカポコとしたリズムだけ。とはいえ、エモーションがまったくないかと言えば、そうじゃない。ビートの快楽と機能性を追い求めると、どうしても機械的な印象を抱いてしまうかもしれないが、その追い求める行為は人の手によっておこなわれ、そこにエモーションが宿ることもある。それは本作も同様で、確かに音は人工的だが、そのかわり行為自体がエモーションの源になっている。さまざまな生物体の仕組みを解明することで生物の本質に近づこうと試みる解剖学みたいに、ビートの機能性を半ば狂気的に突き詰める本作もまた、快楽の本質に足を踏み入れようとし、それが結果として、ジャンルの垣根が曖昧になった2010年代の音楽を象徴することにも繋がっている。


 そうした一種の最果てに行き着いてしまった極北ダンス・ミュージックを鳴らす本作は、新しさと同時に懐かしさも共立させながら(それが顕著に現れているのは、SFVアシッドに通じるアシッド・サウンドとオールド・スクール・エレクトロが交わる「Work Out」)、数多くの音楽で溢れる今だからこそ必要な強い主張を持つ。だがファクトリー・フロアは、その主張を"ジャンル"のタグ付けでおこなうような真似はせず、あくまで"ダンス"というカタカナ3文字に凝縮してみせる。ゆえにファクトリー・フロアのダンス・ミュージックはどこまでもストイックに響き、それが聴き手を惹きつける魅力にもなっている。



(近藤真弥)




※1 : 2013年8月8日に阿木譲氏のブログで公開された記事から引用。

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