安藤裕子『グッド・バイ』(Cutting Edge)

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グッド・バイ.jpgのサムネール画像

《たとえフラッて消えても 気付かないんでしょ?》

(「ローリー」)


 ジョルジュ・バタイユの連続/非連続という概念を付加せずとも、誰かとの「同じ」瞬間もなければ、色んな場所で見受けられることになったシェア(共有)という現代における言語速度は実のところ、或る他者性の無・理解ではなく、非・理解の幅によって成立してくるような気がする。


 例えば、筆者の知っている友の友は知らないが、想いの束が廻ってくると、審議を試される場所は電子上としても、とても近くなった。そうなってくると、不在たる速度に寄り添う感性の偏性の一部はどうしても、多義的な文脈でラブソングという形を纏わずとも、ラブソング的に聴こえてしまうことがあり、安藤裕子の持つ感受的偏性はどうしても、そうなってしまう。前作『勘違い』はオルタナティヴな色を強めながらも、震災、親縁者の死、子供の生誕といった重大な出来事に翻弄、脊髄反射するように音楽は分離、静動を行き来し、変拍子のトリッキーな曲からたおやかなバラッド、AOR調のムーディーさ、まで彼女の来歴を束ね上げながらも、着地点は曖昧になったのは否めず、だから、その次に進むべき方向は何らかの区切りになるのではないか、という気もした。『勘違い』の最終曲の「鬼」でこういう歌詞が刻まれているように。


《ねえ甘い未来を君に見せてあげる 堕ちた君を抉じ開ける》

(「鬼」)


 その甘い未来の、続きとしての今作『グッド・バイ』は原点回帰、10年目という区切りが事前に行き交い、ジャケットは意図的にデビュー・ミニ・アルバム『サリー』に近似させているが、精緻には違い、キャリアを重ねてきたからの重厚さがある。なお、山本隆二、宮川弾をはじめ、GREAT3の白根賢一、ベースにおいてはレピッシュのtatsu、鈴木正人、沖山優司、ドラムではASA-CHANG、toeの柏倉隆史、サケロック(最近では奥田民生、岸田繁とのサンフジンズでも活躍している)伊藤大地、佐野康夫など多数の名プレイヤーが参加するなど、曲ごとのアンサンブルに色を加えており、全10曲といえども非常に密度が濃い。


 壮大なバラッド「ようこそここへ」から、「完全無欠の空と嘘」は小沢健二の「僕が旅に出る理由」のカヴァー時で見せたような、じわじわとクライマックスに盛り上がってゆく可憐なポップ・ソングへ繋がるまでは、いかにも彼女らしく、作り込まれた内容だと感じられる。ただ、全体を通じ、4分台から5分台の曲が並ぶように構成が錬られ、BPMも抑え目のものが多い分だけ、軽く聴けるという感じではなく、彼女自身も新機軸に挑むというよりは、『勘違い』で得た捻じれた感覚をより研ぎ澄ませ、一曲一曲を叮嚀に構築していったという印象を受ける。


 音の質感は柔和でソフト・ロック寄りのものが多く、生音に拘り、彩味溢れるが、個人的にジョニ・ミッチェル『Blue』、ローラ・ニーロ『New York Tendaberry』、トニー・コジネク『Bad Girl Songs』など70年代のヴァルネラブルな女性シンガー・ソングライターの諸作を想起させるところがあり、通底低音に"孤独"が感応できる。そういった文脈沿いに、これまで以上に"遊び"的な曲が少なく、コンセプト・アルバム的な含みがあり、後半3曲の或る意味、不思議な彼岸感が肝なのかもしれない。


 8曲目「愛の季節」では肩の力の抜けた《会いたいな》というリフレインが残るシンプルなバラッド。やや装飾過多と言えなくもない曲群の中でも、剥き身の淡々とした空気感が心地良い。


《ねえ 楽しくて嬉しくて あふれ出るほどに漏れる愛を伝えたくて 寂しいとか辛いとか言ってるんだよ 聞こえないの? ねえ 変だな君は 聞こえないの? ねえ》

(「愛の季節」)


 彼女はときに、主体性が不在的になるが、その際に投げかける対象が主体になり、不在たる自身の合わせ鏡のように"なってしまう"。だから、冒頭に記したように、分かり合えないことを分かる、その境目を歩む。境目の君は、聞こえない、聞くことが予めできない。「愛の季節」での問いかけは、初めから自分の中で完結しているような心の残影があり、悲しくも美しい。


「Aloha'Oe アロハオエ」は、映画『四十九日のレシピ』の主題歌として先にリリースされていたが、ハワイアン的な要素よりも透徹さと彼岸性が染み入る。そして、ラストにしてタイトル・トラックたる「グッド・バイ」はこれまでの彼女にはない音楽語彙、沖縄民謡調のメロディーに今作のテーマたる何かが、純・日本語詞として網羅されているような悲しみと、少しだけ前を見ようとする毅然とした視点がある。


《永遠に綴る数え歌は 苔生す岩に伝えましょう》

(「グッド・バイ」)


 あなたと私を巡る想い、距離の間に今作はやはり、"さよなら"や喪失感のトーンが多くを占める。そんななかで、ただ、最後はこうして聴き手にささやくように締められる。


《また会えるように》




(松浦達)


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