BECK「I Won't Be Long」(Fonograf)

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 ミニマル・ミュージックというカテゴライズは特に、現代音楽のなかでもテクニカル・タームとして多くの難解な用語が用いられてきたが、いざ、その音楽と向き合うと、とても拓けた何かとオルタナティヴ性を含んでおり、むしろ、ジャンルを越えてゆく軽やかさを視ることができる。


 例えば、スティーヴ・ライヒに関しては、竹村延和からケン・イシイといった世界でも活躍する日本のアーティスト、さらにはコールドカットやハウィー・Bといった面々にもリミックスされ、なおかつ、クラブでもライヒの曲の断片を聴くことが多い。特に、1971年の『Drumming』や1988年に作曲された『Different Trains』に関しては、近年の再評価は高まっており、前衛とコンセプチュアルの双方を兼ね揃えた存在として、現在進行形で注視されている。


 そしてフィリップ・グラスに関しても、もはや冒頭の"ミニマル・ミュージック"というカテゴリーを越えた動きが活発である。フランスでナディア・ブーランジェに師事し、サミュエル・ベケットの影響下で「時間軸」を元にした音楽空間を作り上げていった轍には、アインシュタインの概念までも包括していた。しかし彼の場合は、デヴィッド・ボウイの『Low』『Heroes』をシンフォニー化するなど、決して高尚に抽象的な場所に留まらず、ポピュラー・ミュージックへの接近も果たしてきた。ウディ・アレンの映画音楽もそうだが、誰もがよく知る映画音楽のクレジットに彼の名前がふと見受けられる。昨年話題になったのは、そのグラスのリミックス集『REWORK_Philip Glass Remixed』だが、その面々は見事にオルタナティヴとポップネスを持ったアーティストばかりだったのも記憶に新しい。


 タイヨンダイ・ブラクストン、ノサッジ・シング、ダン・ディーコン、ヨハン・ヨハンソン、ピーター・ブロデリックなど、どのリミックスもそれぞれのアーティストの色が出た興味深いものだったが、やはりベックによる「NYC: 73-78」が鮮やかだった。


 思えば、近年のベックは『Song Reader』という楽譜だけのリリース、また、一夜限りのデヴィッド・ボウイ「Sound And Vision」のカヴァー企画など、むしろ現代音楽家としての側面を強めていたところがあり、90年代の「Loser」から『Odelay』で見せた軽やかさと、パフォーマンスの見事さを憶えている者としては、少し寂しくもあったのは否めない。


 基本は、フォーク、ブルースへの深いルーツ意識がありながら、ブルーグラス、ヒップホップ、ファンク、MPB、電子音楽など数えきれないほどの音楽エッセンスを都度、漂流、ミックスし、それをポップに昇華させてきた過程は、彼のディスコグラフィーを振り返るとよく分かる。ナイジェル・ゴドリッチと組んだ98年の『Mutations』では、アコースティックながらメロディー・センスとリリックの妙が透き通った音像に映えた作品で、『Odelay』的なイメージは全くなく、SSWとしての彼の気骨が凛然と残っていたのを憶えている。往年のプリンスへのオマージュともいえた、世紀末の終末観を笑い飛ばすかのような99年の『Midnite Vultures』、セルジュ・ゲンスブール『Histoire De Melody Nelson』への敬愛も伺え、優雅なストリングスと端整なサウンドスケープに比して、赤裸々な告白と痛みが滲み、逆説的に生身のベック自身が投影された印象も受ける02年の『Sea Change』。その後は00年代もスタジオ作とともに、ライヴ活動、プロデュース、リミックスなどマルチに幅を広げてゆき、今のところのスタジオ作としての結実は08年の『Modern Guilt』になるのだろうが、10年代に入ってからの核たる作品が届いていないのは残念だ。存在感と影響力は褪せないものとしても。


 しかし、ようやく、彼はシーンへ戻る道を巡ろうとしている。2枚のアルバム制作を同時に進めているとの情報や、先日に急遽リリースされた「Defriended」は、トイボックス・ファンクとでも言おうか、雑多な音が鳴り、不規則なリズムと捻じれた音響工作、スペーシーでアシッドな"らしい"曲だった。そこから間髪入れずに、この「I Won't Be Long」も届いたが、個人的に『Mutations』期の美しいメロディーと、ヒップホップ的なリズムに乗ってくる彼のしゃがれた声まで、これから/これまでのベックとしても興味深く、ポップ・フィールドにスムースに染み入る佳曲だと思う。


 10年代に入ってから、90年代を彩ったアーティストたちは各々、独自の方法論で歩みを進めているが、ベックが前線に戻ってくることは現在、ことのほか、大きな意味を持つのではないだろうか。「I Won't Be Long」で、ふと曲の持つ叙情性を対象化せしめるガラスを切り裂くようなギター・ノイズを聴くと、そういう想いに強く駆られる。そして、最後に繰り返される《silently we go》というフレーズも感慨深い。そういえば、彼は過去にこんな歌を残していた。


《Listen to the voice on a radio wave / Somebody needs you,somebody who's far away(筆者拙訳:ラジオ電波からの声に耳を傾けてみて / 誰かがあなたを必要としているよ / 遠くにいる誰かが)》

(『The Information』収録の「Movie Theme」)



(松浦達)


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