Yusaku Harada『Souls』(Day Tripper Records)

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Yusaku Harada『Souls』 のコピー.jpg

 それにしても本当に面白い時代になったものだ。デジタルかと思えばアナログ。レコードかと思えばカセットである。筆者が生まれた頃はすでにカセットは過去の産物であった。時を経て2013年。何が起きている?


 2000年代はネットレーベルの時代であった。資金が無くても無限に複製・入手可能なインターネットが、在庫という概念をぶっ壊した。それを経験した2010年代において、アナログ限定生産というオプションは無限コピーとはまったく対極に位置するチョイスだ。しかし現代において、デジタルコピーとフィジカル愛は必ずしも対立するテーマではない。むしろそれらはパズルのピースが合わさったように絶妙な相性を見せている。Yusaku Haradaのディスコグラフィーはその意味で非常に興味深い。《MiMi Records》からリリースされた『2011』は文字通り彼の2011年の初期作品をまとめたものだが、オウテカを筆頭とした《Warp》勢や青木孝允を擁する《PROGRESSIVE FOrM》、ニョルフェンをリリースした《分解系レコーズ》など、2000年代に栄えたグリッチ・エレクトロニカ~IDMの影響を受けていることがうかがえる。そしてこの時期の音楽性が彼の出発点となっている。


 2012年に《on sunday recordings》からリリースした『A』(特に3曲目の「Vertigo」)からつづく《ALTEMA Records》からリリースした『ALTEMA』にかけて、彼の音楽は徐々に"有機質"へと変化してゆく。人の声が多用され、幾何学への美意識からヒューマンタッチへと移り変わってゆく。そして今作は関西の《Day Tripper Records》から――それまで拡散していた音楽性を凝縮したかのように――カセット・テープでのリリースとなった。Seihoこと早川聖朋の関心が宇宙への憧憬を経てヴァーチャル・セックスへとフォーカスしたように、原田悠作の探究心もまた人間の魂="soul"へと向けられた。


 まず第一に、送られてきたカセットには愛が込められている。ひとつひとつ丁寧に手作りされた一点もののジャケットには、zipファイルにはない手で触れられる温もりがある。サウンドもどこか物質的な構造で、「Fake it」「Tape Tape Tape」では彼の初期作品を思い出させるアンビエントな電子音やグリッチーな音粒を充満させた空間に、ファンキーなベース、ソウルフルなボイスが鳴らされる。このあたりはフライング・ロータスと交流のあるハドソン・モホークが創設に携わったグラスゴーのレーベル、《Lucky Me》のようにチルウェイヴ情勢に目を配らせながらファンクやR&Bをビート・ミュージックに組み込んだ例を意識しているのかもしれない。


 そして、そうした音塊の群れが偶発的に飛び出してくる。ジャズでヴォーカルが即興でメロディーを変形させることを"フェイク"というが、まさにそういうことだろう。何度繰り返し聴いても次にどんな音が飛び掛かってくるのか予想できない。


 4曲目の「J.J.J」が格好いい。鋭利で棘のある音色選び、ヴォイスの俊敏な出し入れ、オーケストラやアコギも交えたダンス・ミュージックとしての意外な機能性、展開の多彩さ、カオティックな情報量に押しつぶされそうになった瞬間にさらっと音をシャットダウンするタイミング。力強いがマッチョイズムではなく、細過ぎもしない、アーバンなムードも備えている。Yusaku Haradaの音楽の魅力は、こういった多くの情報量に裏打ちされたカオスとそれをまとめあげる編集能力、そして他のアーティストにはない意外な展開であろう。


 日本国内のクラブ・ミュージック・シーンに漠然とした不安が漂いつつあったなかで、ネット・レーベルによる大型イベントや最近の関西の盛り上がりが国内エレクトロの未来に希望の光を照らしたことは言うまでもないが、《Day Tripper Records》はそうした趨勢で『Souls』のような文脈を持ち合わせた作品をリリースしたことが意義深い。


 筆者はここで「CDはダメだ」とか「データが一番だ」とか古くさい断言めいた言葉は言いたくないが、発売から一週間も経てば中古屋の棚に並んでしまうような量産型の商業音楽とは違った、何年も持ち主に愛されうる音楽を今のインディーズでは求めている人がいる。Yusaku Haradaはそんな人の願いを『Souls』に込めた。




(荻原梓)

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