WASHED OUT『Paracosm』(SUBPOP / YOSHIMOTO R&C)

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 うだるような暑さをかき消す一陣の風。初来日は震災直後の2011年5月。「今だからこそ希望を届けたい」。彼は様々なインタビューでそう語っていた。時代の寵児ウォッシュト・アウトことアーネスト・グリーンは、伝統的なソウル・ミュージックヘ回帰しようとしている。一過性のネット・ムーヴメントではない、本来の意味で生活に息づく歌を作り始めようとしている。


 新作のタイトル『Paracosm』とはパラ・コスモ。つまり辺縁の宇宙、仮想宇宙といった意味になる心理学用語だ。子どもの頃の空想の万能感、例えば砂遊びでお城を作っては壊す過程で一国の盛衰がイメージのなかで起きている、長い歴史が幕を降ろすそんな感覚。タイトル・トラック「Paracosm」でアーネストは恋人と二人で作る理想の世界について歌っている。アルバム全体にわたって外部ミュージシャンの協力による様々なアコースティック楽器の導入、古いキーボードやサンプラーでヴィブラフォンやハープの澄んだ暖かい音色を再現、冒頭では鳥の声や自然音をサンプリング、それらによって彼が生み出した王国の厚みを増している。


 チルウェイヴとはニュー・ウェイヴなシンセ音にシューゲイザーの音像をかませた逃避的な音楽ジャンルとされる。逃避というイメージで私が真っ先に連想するのは、諸星大二郎『妖怪ハンター』の「生命の木」という作品だ。東北の山奥に住む隠れキリシタン達は、キリスト教のなかにあっても異教徒であり永遠に天国に行けない。しかし彼らを救うもう一人のキリストが現れ光の十字架と共にみんなを連れ出す。行き先は「ぱらいそ(ポルトガル語で楽園の意味)」。パラコズム=パライソ? 無論こじつけだ。しかし「Weightless」はまさにこの世界観に聴こえる。晴れ晴れしい顔でみんな上昇していく。


 YMOの細野晴臣は諸星大二郎の熱心な読者だという。YMOがテクノ・ミュージックからしだいに肉体性を帯びていったように、ウォッシュト・アウトもベッド・ルーム・ミュージックから自然のなかへ、デジタルからアナログ(生演奏)へと回帰していく。アーネストは偉大なソウル・シンガーの系譜に連なりたいのかもしれない。昨年はフリートウッド・マック・トリビュートにも参加した彼は、新作のレコーディングに際して60年代後半から70年代にかけての音楽を聴き込んだという。特に影響を受けたレコードはヴァン・モリソンの『Astral Weeks』。ビーチ・ボーイズの『Pet Sounds』にも感銘を受けたという。アーネストが現在住むジョージア州アセンズはR.E.M.の出身地だ。だからというわけではないが、R.E.M.がメンバー脱退を経て製作した『UP』『Reveal』といった後期の傑作群も私は個人的に連想した。そういえばこれらの作品も『Pet Sounds』に影響を受けている。R.E.M.が「今日は世界の終わり。みんなそんなこと知ってる。けれどいい気分」と歌ったフィーリングは無意識を通して彼に受け継がれてはいまいか?


 具体的な何かを指しているのではない。日本だけではない。今、世界中のいたるところで危機的状況は続いている。そんななかでまだ人々は権力を求め自己顕示欲を肥大させ、他者を攻撃し否定し傷つけ合っている。我々一人一人の心のなかで様々な物が奪われ、破壊され、汚染され続けている。「Great Escape」でアーネストはみんなで身を隠そうと穏やかに、しかしはっきりと宣言する。村上春樹の無意識を象徴するキャラクター、羊男のように。「震災直後だからこそ日本に行かなければならないと思った」と語る彼が奏でるからこそ説得力がある。


 もちろんアーネストは妻と共にアメリカの片田舎で平和に暮らしている。しかしある意味では彼と彼を包む世界の大切なものは破壊されてしまったのかもしれない。『Paracosm』はそれを復元しようとする試みであり圧倒的に前向きな逃避だ。



(森豊和)

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