PART TIME『PDA』(Mexican Summer / Diffuse Echo)

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 サンフランシスコ出身のデヴィッド・スペックによるソロ・プロジェクト、パート・タイムは、ニュー・ウェイヴ直系の感性からか、よくアリエル・ピンクと比較される。一見妥当なようで、ある意味それは筋違いではないだろうか。


 しゃがれた脆い、しかし色気あるヴォーカルとメロディー・センスは確かに似ている。しかしシングル「Night Drive」を聴いて、私が真っ先に連想したのはワム!の「Last Christmas」だった。自分の真摯な思いを反故にして無残に捨て去った恋人へのあてつけ。夏と冬の違いはあれ同じフィーリング。


 アリエルが様々な過去への憧憬を歌いながらも、現在の自分自身のエゴを巨大化させ、全世界へ放射していくのに対して、デヴィッドはひたすら過去の恋愛に固着し、あるワン・シーンを反復し、ついには純化させていく。狂おしい情念はパッション・ピットのそれに近いかもしれない。


 今作もウォッシュト・アウト、ベスト・コーストウィークエンドらのデビュー作を送り出した《Mexican Summer》より、11年の1st『What Would You Say?』に続いてのリリース。《Burger》からのカセット『Saturday Night』、日本の《Sixteen Tambourines》から7インチ・カットされた「Night Drive」といった変則的なリリースを挟んで。


 最近こういったファン泣かせのフィジカル・リリースが実に多い。そうでないと海外ではもう買ってもらえないからか。そういえばレコード・ストア・デイの姉妹編でカセット・ストア・デイというのも行われるようだし。


 現在こちらで公式ストリーミングされているが、30代の人は幼い頃ラジオで流れていた80'sポップスの面影を見出すかもしれない。記憶の奥底に焼きついているまさにそこを刺激する。でも40代以上にはお子様向けと揶揄され、20代以下には単なるリバイバルと一蹴されるかもしれない。前作に比べギター・ポップ風味が増したとはいえ、一聴お手軽なエレ・ポップに聴こえる。はたしてどうだろうか。


 歌詞もメロディーも「僕はピエロだから一人ぼっち」というムードを一貫して表現している。風変わりな行動ゆえに疎外されていく状況。恋人は遠く離れていく。先述したワム!のジョージ・マイケルが後年レコード会社に対し訴訟を起こし、様々なトラブルを抱えていく様とオーヴァー・ラップする。


 先ごろ出版された村上春樹の新作『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』で、ワム!はヒロインの語る「ぱっとしない10代の日々」の象徴として使われている。だいたい以下のように。


「学校というシステムになじめず、私は全然目立たない存在で、ワム!のCDは全部持っていた。ボーイ・フレンドなんて影も形もない。でも心を打ち明けられる親友が2人くらいいた。だからその時代を乗り越えられたのかもしれない」


 パート・タイムはまさにピンポイントにある世代のノスタルジーを想起する音楽だ。一見、80's黄金期の華やかなりし日々を忠実に再現しているようで、「この美しい世界は今はない(もう去ってしまった)」という事実をあらかじめ内包する。デヴィッドは損なわれた何かを強迫的に再現し続けている。



(森豊和)


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