中村一義「魔法をかけてやる!!」(KIKA:GAKU)

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『対音楽』を巡るプロジェクトと言おうか、昨年の中村一義を巡る状況は目まぐるしく、基本、マイペースを貫く彼が一気呵成に動き出した感があった。簡単に遡行するに、まず、シングル「運命/ウソを暴け!」でのベートーベンの大胆な援用の下、相変わらず作り込まれたサウンド・デザイン、簡潔な言葉に複層的な意味が汲み取れる歌詩、あくまでポップを敬愛する彼らしい人懐っこいメロディーと10年振りのソロ名義という大仰な冠詞を抜きに、15年目のキャリアを重ねたリ・スタートとこれまでが混じり合う感覚があった。そして、『対音楽』というアルバムに内包された要素には、2011311日以降の世に向けた彼のステイトメントのようで、壮絶さと美しさが入り混じり、ベートーベンの誰もが知るだろう有名な旋律も昇華されていた。但し、作品としては素晴らしかったにしても、多くの人に届いた、拓かれたとは言い難い部分は多少なりとも付随していたのは否めない。


「君にとって音楽はどういう存在でしたか?


 という問いかけを、何よりも音楽の力を大切にしていた中村一義自身がここでするということ。つまり、その時点で音楽は存在し得ず、存在が音楽していた気配が前景し過ぎていたのかもしれないという捻じれ。例えば、アドルノの文化と野蛮(自然)の関係をあの日以降、考えた人もいるかもしれない。あの日以降、詩を書くことは野蛮だ、とも。天変地異含め、多くの事柄が押し寄せるなか、「自然」は「文化」と連関の糸目が解けそうになったところもあると思う。「文化」は自然過程への内在から脱出し、これから距離を保持し、そしてそれは、否定的に言えば、自然から疎遠になることであり、哲学的には「疎外」と称す。中村一義は『対音楽』において、徹底的に音楽と、自身と向き合い、それを示すように、あくまでボーナス・トラックとして、最後にベートーベンのピアノソナタ第八番「悲愴」に沿い、ライヴ・テイクとしてピアノと声だけの「僕らにできて、したいこと」を紡いだ。とても、「個」的な繊細な痛みが滲む曲だった。


《ただ、救われた私が誰かを想う。》

(「僕らにできて、したいこと」)


 筆者もそうだが、偶然にも生き延びた、救われたという日々が胸を時おり詰まらせていた。なおこの曲は、2011623日に録音されており、まだまだ、何もかも整理しきれない時期だったと思う。ゆえに、『対音楽』での中村一義は、内部の想いの錯転が外部に通じる風を探すように、あなたの向こう側の誰かを想おうとする生成プロセスを踏んだともいえる。文化的な意味での「疎外」に映った錯覚を持った人もいるかもしれないということだ。「自然」に安心を持っていた人たちは、連関とともに、「文化」の在り方を再考するための時間は苛酷な振り返りもあっただろうし、ルフェーブル的な古ロマン主義として文化産物を捉えた人もいたのではないだろうか。だからこそともいえないこともなく、彼はこの作品のリリース後、Base Ball Bear、サニーデイ・サービスと組み、ライヴ・ツアーを行ないながらも、『対音楽』を軸にするというより、ソロ、100s時代の新旧の曲が入り混じり、フラットでもっと軽やかなものになっていた。そんな、集大成たる12月の武道館公演では、Base Ball Bear、サニーデイ・サービス、くるりから岸田繁と佐藤征史、100sというゲスト、膨大な機材をステージに並べ、ようやく今日の地続きの「明日」を歌った。


 その「明日」から始まっているのが、この新曲「魔法をかけてやる!!」になる気がする。100sの町田昌弘と二人で、全国のライヴ・ハウスをトークや弾き語りセッションで巡るなごやかな《まちなかオンリー!》のために書き下ろされたというが、そのツアー・コンセプトや内容のラフさや、今年になってからの活動は普段着のような佇まいで音楽に対峙しており、深刻にならざるを得ない瀬で、逆説的に音楽が日常、明日に溶け込んでゆくような感覚も受ける。


 過去には、ラヴィン・スプーンフルのエヴァーグリーンな佳曲へのオマージュ的な「魔法を信じ続けるかい?」をファースト・アルバムたる『金字塔』で示し、その後、100sとしての今のところの区切り的な『世界のフラワーロード』で、「魔法を信じ続けているかい?」と要目に"魔法"という言葉を彼は用いてきた。ただ、それは前述の「君にとって音楽はどういう存在でしたか?」との問いかけと近似的な魔法の効力を聴き手に投げかけるものでもあったが、今回は主体的に「魔法をかけてやる!!」に変わり、今、ウォームな空気を運ぶのは感動的にも思える。


 あくまで、現在においては弾き語りリハーサル・ヴァージョンとはいえど、骨格はしっかり見える。小気味よいメロディーに映るのは、このツアーに基づいたまちのことや"234"という軽やかな掛け声。魔法をかけにきた「私」、旅のモティーフ、ブレス的に置かれた"ラララ"の箇所まで少し肩の力が抜けながらも、脱力ではない、空気感を味わえる曲になっている。これがまた、しっかりした形で中村一義の新しい曲のなかに並ぶことを想うと、『対音楽』からの歳月の長さ、深みをふと回顧する。あなた、涙、魔法、シンガロング部分、そして旅。この「魔法をかけてやる!!」からはとても近い彼の声が聴こえる。


《誰かが泣いてたなら、魔法をかけてやる。明日も旅に出る。》

(「魔法をかけてやる!!」)


 再び、彼は今日の地続きの明日を歌うようになった。それが何より嬉しい。



(松浦達)



【編集部注】トーク&弾き語りライヴ《まちなかオンリー!》ツアー来場者への限定配信

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