水中図鑑「ふれるところ、ささるとげ」(Rallye)

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水中図鑑「ふれるところ、ささるとげ」(Rallye).jpg

《現代のアメリカのコメディ映画について話そうとすると、こんな言葉でさえぎられることがある。「誰もジョン・ウォーターズの毒には及ばないじゃないか」「そもそもアメリカのコメディなんて、モンティ・パイソンの深遠さを超えていないじゃないか」確かに彼らは偉大である。でもそういう決めつけって「ボブ・ディランとビートルズを聴けば他のロックなんか聴く必要ない」って言っているロック親父とどこが違うのだろう。》

(長谷川町蔵 著『21世紀アメリカの喜劇人』234頁より引用)


 遅ればせながら、ライター/コラムニストとして活躍する長谷川町蔵の著書『21世紀アメリカの喜劇人』を読ませてもらった。冒頭で引用した一節からもわかるように、この本は過去にリスペクトを捧げながらも、現在活躍しているアメリカのコメディアンについて書かれている。コメディー映画とそれに関わる人たちに対する愛情が滲み出ていて、心の底から手に取って良かったと思える内容だ。コメディー映画に関する深い見識はもちろんのこと、長谷川町蔵というひとりの人間の本質が垣間見れる点も面白かった。


 書きだしから"関係ない話?"なんて思った方もいるかもしれないが、水中図鑑のファースト・ミニ・アルバム「ふれるところ、ささるとげ」を聴いていると、どうしても『21世紀アメリカの喜劇人』のことが頭をよぎってしまう。なんとなく、水中図鑑にも"決めつけ"がまとわりついているように見えるからだ。水中図鑑を語る際によく引き合いに出されるのは、はっぴいえんど、スーパーカー、ナンバーガールといったバンドである。的確だとは思う。確かに水中図鑑の音楽性は、ソニック・ユースなどのUSオルタナ、『Isn't Anything』期のマイ・ブラッディー・ヴァレンタイン、初期のスーパーカーが持っていたキラキラとしたメロディー・センスなど、過去の素晴らしき音楽たちの要素を多分に含んでいる。加瀬透による文学的な歌詞もはっぴいえんどを想起させるものだ。しかし、こうした点だけを取りあげ、"だったらはっぴいえんどを聴いたほうがいい" "スーパーカーを焼き直しただけ"みたいなことを言う者たちが少なからずいる。どうしても過去を取り入れた音楽を許せないのだろうか? だが、そうした者たちには、ライターでカメラマンの久保憲司による、ハドーケン!『Music For An Accelerated Culture』のレヴューに登場する一節を送りたい。


《ロックとレイヴを混ぜる事によってフェスの王者となったプロディジーだが、ハドーケン!はそんな歴史は関係ないとばかりに、純粋にプロディジーの音楽を、現在にはないかっこいい音楽として鳴らしたことが、時代を越え、今の新しいロックンロールとして、そのグライムぽい歌詞とともに新しいパンクのように聴こえた》

(『ブリティッシュ・オルタナティヴ・ロック特選ガイド』247頁より引用)


 この一節は、"なぜいまこの音なのか?"という観点から音楽を聴いたときに初めてわかる面白さを教えてくれる。筆者はこの面白さを肯定したい。もちろん今までになかった音が生まれる瞬間も素晴らしいとは思う。しかし、影響元である音楽をカタパルトにして、そこにありったけの衝動と言葉を乗せて発射された音楽も、何物にも代えがたい価値と新鮮さを宿しているものだ。こうした泥臭い実直さというのも悪くはない。その実直さは、時としてマニック・ストリート・プリーチャーズ『The Holy Bible』のような、誰にも作れないであろう傑作に繋がることだってあるのだから。


 実を言うと本作は、水中図鑑が以前ファースト・デモとしてリリースしたものに、柴田聡子との仕事で知られる君島結をエンジニアに迎えて再ミックス/再マスタリングが施された代物。ファースト・デモは「あそびの心をしらない」「飛び込め!!」「夏への扉」「縁日」「ふれるところ、ささるとげ」の全5曲だったが、本作はさらに「スローダイブ」「スイミング」を加えた全7曲入りとなっている。他の5曲も細かいところのサウンド・プロダクションが変わっており、ファースト・デモが手元にある者も十分の聴きごたえを味わえるはずだ。


 ファースト・デモについては以前レヴューを書かせてもらったので、本稿では新曲の「スローダイブ」「スイミング」を中心に書いていくとしよう。まず「スローダイブ」は、タイトルからシューゲイザー・バンドのスローダイブを思い出す者もいると思うが、筆者はイントロを聴いた瞬間、"セックス・ピストルズの「Anarchy In The UK」をシューゲイズ・カヴァーしたのか?"と思ってしまった。とはいえ、そんな筆者の想起を掻き消すかのように、サイケデリックなスパイスが効いている轟音にすぐさま襲われるのだが・・・。面白いのは、轟音のなかにマッドチェスター・サウンドの要素が紛れこんでいる点で、ストーン・ローゼズの2ndアルバム『Second Coming』に通じるグルーヴも見え隠れする。その点で「スローダイブ」は、イギリスのロックが積みあげてきた歴史と共振する曲だと言える。


 一方の「スイミング」も、シューゲイズ・サウンドを基調とした初期衝動が印象的だが、こちらはナンバーガールやbloodthirsty butchersの匂いが漂う、とても日本的なオルタナティヴ・ロックだ。本作のなかではもっともパンキッシュなサウンドが鳴っており、ザ・ブルーハーツの影がちらつく曲でもある。そして「スイミング」を聴く際は、歌詞にも注目してほしい。現在の水中図鑑が持つ最大瞬間風速を克明に刻んだ言葉で紡がれているからだ。特に《サイダーの泡みたいに 透明な音、鳴らしてみたい!》というラインは、青臭いとバカにするであろうシニシズムを遥か彼方に吹き飛ばす情熱を煌めかせながら、聴き手の心にゆっくり沁み渡る。


 それにしても本作は、夏の雰囲気を感じさせる曲が多い。全7曲中4曲に"夏"という言葉が登場する。水中図鑑は"夏"に対する何か特別な思い入れでもあるのだろうか? そんな本作を聴くと、佐藤多佳子の小説『サマータイム』や、あさりよしとおによる漫画『なつのロケット』を読んだ後に残る、爽快さに甘酸っぱさが縒ったような舌触りを思い出す。言葉が単純化され、その過程で機微的感情が無駄なもの、無意味なものとして棄てられていくことも多い現在だが、本作はこうした世の流れに抵抗するかのように、人が持つ言葉では説明できない感情を丁寧にすくい取る。これはシャムキャッツcero、それから最近注目を集めているカナタトクラスや森は生きているといったインディー・バンドにも共通することだが、水中図鑑もまた、人は複雑な生き物であることを前提としながら、音楽を生み出しているように見える。だからこそ本作には、この世に存在する言葉を尽くしても語りきれない多彩な感情があるのではないだろうか。その多彩な感情とメンバー全員のなかに積もった表現欲求が奇跡的融合を果たして生まれたのが、水中図鑑というバンドなのかもしれない。



(近藤真弥)

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