PROUDLY PRESENTS『Proudly Presents』(Filmore Far East)

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 一概にインドネシア音楽といっても、"邦楽"が幅広く包含するように、ケチャに代表される祭祀性を帯びたものばかりではなく、当たり前にロックも歌謡曲もジャンルを問わず、多くの数が入り混じっている。


 先ごろ、田中勝則氏の選曲のもとリリースされた『インドネシア音楽歴史物語』では、現地の音楽の歴史のみならず、レコード会社、プレス工場まで微に入り、細に入り解説が加えられていた素晴らしい内容だったが、1920年代から1960年代までの録音群を聴くだけでも、ラテン音楽からロックンロールまで多くの要素因が混在していき、逞しくなってゆくのが分かる。


 そもそも、世界で最初のポピュラー音楽が芽生えたのはカリブ、南アジア・東南アジアだといわれている。大航海時代におけるヴァスコ・ダ・ガマ率いるポルトガル船団はアフリカのみならず、インド、そして、インドネシアのジャワ島やマルク諸島へと巡った。目的は香辛料。その後を考えると、侵略やそういったものの爪痕のみではなく、文化的痕跡も散見されるが、ポルトガルがインドネシアの音楽と融和し生み出されたもののひとつにクロンチョンは欠かせない。


 ジャカルタの街を歩いていると、よくストリート・ミュージシャンたちに出会うことがある。フルート、ヴァイオリン、ギター、ベースを基本とした独特の節回しで歌われるクロンチョンは、いまだに風土にしっかり根付いており、たとえば、日本でも有名な「ブンガワン・ソロ」などを聴くと、ファドなどに通じる言葉にできない慕情が胸をよぎる。


 インドネシアは1万8110もの大小の島からなり、海が間をはさんでいる。そして、首都ジャカルタを擁するジャワ島に多くの人口が集まっているのもあるが、各島々に文化や慣習がしっかりと伝承もされている。それも何かの折に紹介できれば、と思うが、インドネシア内のロック・シーンではノアのようなスケール感とオリエンタルな叙情を持ったバンドが確実な存在感を示しながら、アンサ&セリガラみたく楽団的に今の姿勢としてフォルクローレを舞うもの、シティー・ミュージック的なセンスがウケているカルヴァン・ジェレミーなど、多様に洗練化された音楽が混在していて、非常に面白くもある。


 クラブ・シーンでは、"ファンコット"というもの体感した方もいると思う。ファンコットとは、00年代から盛り上がり始めたハウス・ミュージックにインドネシアのダンドゥットなどが合わさり、より機能的になっていったもので、今ではネット上にもポスト・ファンコット、あまりに多くの要素群を詰め込んでいるものもあり、具体的なジャンル名を指すのは難しくなっている。


 さて、今回紹介するのは、プラウドリー・プレゼンツ。2010年に結成された、スマトラ島はメダン出身の男性6人グループ。ファリド(ギター/ヴォーカル)、ザイン(ギター/ヴォーカル)、ジャック(キーボード)、ラマ(ベース)、フィノ(ギター)、ヨシュア(ドラム)の3ギター編成で、まだ20代前半ということもあり、演奏はラフで荒々しく、ガレージ・ロック的なところから、いかにもなハード・ロック的な音楽的語彙がある。90年代のヘルメット、ディジー・ミズ・リジー辺りのサウンドを想起する人もいるかもしれない。起伏のあるキャッチーなメロディーにドラマティックな展開。今、これだけ、衒いのないまっすぐなロックを敢えてやるバンドが出てくるというのが興味深く、しかも、日本でミックスとマスタリングが行なわれたという。


 本作はファースト・アルバムということで、自分たちが好きな音楽エッセンスを詰め込んだ、未知数のところもあるが、スタジオ盤ではどうも端整に思えた音像もライヴで聞くと、性急さと若さゆえの不安定さが味になっているところもうかがえた。そういった生々しさをパッケージングすることで、また新しい魅力が浮き出そうな気もする。なお、個人的には、シングル・カットされた「The Mighty Comes」のようなファストでパンキッシュなものに彼らの"今"が刻まれているように感じる。


 経済成長とともに、情報過多的ともいえる趨勢がインドネシアを覆うなか、ロックの持つ混種的な意味性も急進的にならざるを得ない状況がある。そんな兆候のひとつを示すバンドかもしれない。



(松浦達)

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