Les ANARCHO「OKANE WO MOYASOU」(オモチレコード)

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 2013年にリリースされたポップ・ミュージックのなかではかなり刺激的な1枚だ。レ・アナーコは、共に漫画家として知られている長尾謙一郎と大橋裕之が中心の武蔵野コード進行研究会が新たに掲げたバンド名らしいけど、これ以外の情報はほぼ皆無。YouTubeにアップされている「Okane Wo Moyasou」のMVの概要には、「吉祥寺が生んだ噂のおちゃっぴ~5人組」と書かれているが、こんな悪ノリプロフィールが残っているくらいだから、本当に5人組なのかはちょっと怪しい。まあ、アニメ『けいおん !』から生まれた放課後ティータイムが人気バンドとなり、TWIMYのような"実存"の根本を揺さぶる存在がもてはやされる時代だ。レ・アナーコも、実は架空のバンドであった、なんてこともありえる。


 しかし、実在するのかどうかみたいな話は、正直どうでもいい。百貨店のカタログギフトで使われる写真みたいなジャケットをまとい世に出回っているという事実そのものが重要なのだ。いわば本作は、"ただ目の前にある"という数少ない確かな事実をふまえ、いかに自発性と想像力を駆使してコミットするのかを聴き手に問う挑発的作品である。


 そういった意味で本作は、甘美なディスコでコーティングされた「Okane Wo Moyasou」、歌謡曲チックな哀愁を漂わせる「チャイナブルー」、そして何度聴いてもビートルズのアウトテイクにしか聞こえない「Dream」といった曲群が醸しだす心地よさに、未来派やダダイズムの要素を込めた作品だと言えるのではないか? 未来派やダダイズムが絶対的な権威と化した"過去"や"伝統"に反駁したように、本作もまた、ますます複雑化していく社会と資本主義のシステムに挑む反骨精神を感じさせるからだ。


 と、こうして真面目に書けば笑う人もいるだろう。だがそれでも筆者は、本作のロマンに惹かれずにはいられない。それにポップ・ミュージックは、そうしたロマンを仮託されてきた音楽でもあるのだ。まさかストーン・ローゼズやMGMTを忘れたわけではあるまい。


 さらに重要なのは、先述のMVでお金を燃やす明確な描写が登場するということだ。例えば資本主義の虚無をシニカルに批判していたヴェイパー・ウェイヴのほとんどが、セイント・ペプシなどを除けば皮肉の海に沈んでしまったのとは違い、レ・アナーコはシニカルではいられない現状に呼応するかのように直接的かつ分かりやすい表現方法を選んでいる。それが「Okane Wo Moyasou」のMVであり、タイトル曲におけるディスコ、つまり"踊る"ことなのだ。レ・アナーコは傍観者的シニシズムの皮を被りながら、その傍観者の喉元に鋭利な批判精神を突きつける。



(近藤真弥)

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