DISCLOSURE『Settle』(Island / Universal)

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 ディスクロージャーによる待望のファースト・アルバム『Settle』には、ダンスフロアを揺らすのはもちろんのこと、ベッド・ルームでひとり寝そべるキッズを立ちあがらせる熱狂があり、カップルを楽しい夜のひとときに導くBGMとしても光輝く、つまり、最高にファンキーで楽しいダンス・ミュージックが詰まっている。正直、《Moshi Moshi》からリリースされたデビュー・シングル「Offline Dexterity」の先鋭性をいまだに忘れられないのも事実だが、こんなくだらない執着はきれいさっぱり捨て去ってしまおう。そう思わせるほど、本作はダンス・ミュージック史に向けられたピュアな愛情がほとばしっている。


 まず、"ヒップホップ・プリーチャー"としてアメリカでは有名なエリック・トーマスのスピーチが乗る「Intro」から、そのスピーチを引きついでのハウス・トラック「When A Fire Starts To Burn」という流れ。リスナーを『Settle』にいざなう招待状としてあまりに完璧すぎるこの冒頭は、スピーチ部分が何度もサンプリングされてきたリズム・コントロール「My House」を想起させ、これまでに生まれた数多くの偉大なダンス・クラシックに対するリスペクトを表しているように聞こえる。もちろんそのリスペクトはアルバム全体の作風にも表れていて、R&B色が強いUKガラージやヘラクレス・アンド・ラヴ・アフェア以降のモダン・ハウスを基調としながらも、初期のジュニア・ヴァスケスを思わせる享楽性、さらにはそのジュニア・ヴァスケスが88年にオープンしたパーティー《Sound Factory》周辺の匂いを漂わせ、もっと細かいところだと、「White Noise」のリズムはシカゴ・ハウスに通じるラフな質感を湛えている。おまけに「Stimulation」ではNYハウス的スネア使いを披露するなど、ダンス・ミュージック史が築きあげてきた数多くの遺産を担ぎだし、聴き手の心を高揚させる。しかもフレンドリー・ファイアーズのエド・マクファーレンを招いた「Defeated No More」においては、キャッチーなポップ・ソングを生みだす高いソングライティング能力が遺憾なく発揮されているのだから、素晴らしいとしか言いようがない。


 とはいえ、「White Noise」ではアルーナ・ジョージのアルーナ・フランシスと組み、「Latch」には新人のサム・スミス、さらに「Confess To Me」ではジェシー・ウェアといった新進気鋭を迎えていることからもわかるように、過去から引用すると言ってもそのままやるのではなく、現在でも通じる要素だけを抜きだし、それを現代的要素と上手く混ぜあわせている。そうすることでディスクロージャーは"過去"を塗りかえ、懐古主義の罠を見事に回避する。この点はサヴェージズグライムスにも見られる感性だ。過去の音楽から"今"でも使えるところだけを拝借する、いわば"抽出的音楽"は、ディスコ・パンクに括られることが多いLCDサウンドシステム!!!ザ・ラプチャー、それからハウス・ミュージックのダークでドラッギーな部分を取りだし肥大させたアート・デパートメントなど、これまでも散発的に生まれてはいたが、2010年代以降はその方法論があまねく共有され、一般化したように感じる。ジャンルを問わずにフレッシュな"抽出的音楽"がつぎつぎと飛びだしてくる現状を見ていると尚更だ。本作はそうした現状が生みだしたポジティヴな成果であり、だからこそ、多くの人々を熱狂の渦に巻きこんでいく。


 だが"抽出的音楽"の本質自体は、今までになかった新しいものではない。その本質の正体はマイク・ピッカリングが「あそこがただのクラブだったことなんかなかった。(中略)バンドが出ることもあったし、アート・インスタレーションがおこなわれることもあった」(※1)と回想するセカンド・サマー・オブ・ラヴの震源地となったクラブ《Hacienda》以降に広がったDJ的観点と価値観であり、この観点と価値観が発展しながら行き着いた場所こそ"抽出的音楽"のように思える。《Pitchfork》の編集長マーク・リチャードソンは、《Wired》のインタヴューで「いまの読者はジャンルにもはやこだわらない。インターネットの時代になってそれはますます加速している」と、現在の音楽の在り方について述べているが、そうした"こだわりの無効化"が始まった大きなキッカケのひとつは《Hacienda》の登場ではないかと推察する。そして、《Hacienda》以降にはデジタル音源の普及、iPodの誕生、YouTubeの登場によってストリーミング重視に傾く聴環境など、テクノロジーによるパラダイム・シフトが何度か起こることで、"こだわりの無効化"は加速していった。グレイトフル・デッドの故・ジェリー・ガルシアが残した、「テクノロジーは新しいドラッグだ」という言葉が驚くほど的確であることを示しながら・・・。


 その結果として生まれた新しい世代が、ディスクロージャーを名乗るローレンス兄弟なのだ。しかしそのローレンス兄弟の背後には、満面の笑みを浮かべながら踊り狂うニュー・オーダーの姿があり、その姿を見守りながら葉っぱを巻くロブ・グレットンやトニー・ウィルソンもいる。いわばローレンス兄弟は、過去の輝かしいクラブ・カルチャーを携えた伝道師でもあり、そんな兄弟による作品がイギリスのアルバム・チャートで初登場1位を獲得したのは本当に凄いことだと思う。ダンス・ミュージック復権云々といった小さな話ではなく、2010年代以降の音楽に顕著な過去/現在/未来を混在させるセンスがわかりやすいかたちで示されたという意味で。革命はすでに起こっている。



(近藤真弥)



【編集部注】『Settle』の国内盤は7月10日リリース予定です。



※1 : ピーター・フック著『ハシエンダ マンチェスター・ムーヴメントの裏側』282頁より引用。


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