CLOUDS『Ghost Systems Rave』(Turbo)

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 マイ・ブラッディー・ヴァレンタイン『Loveless』、エイフェックス・ツイン『Selected Ambient Works 85-92』など、これまでに多くの孤高的作品が生まれ、他の音楽とは似ても似つかない存在感を示してきた。しかし、こうした作品たちも、時が経つにつれて聴き手の耳に定着する。さきほど例として挙げた作品をいま聴いたらどう感じるだろう。おそらく、衝撃よりも耳馴染みの良さを抱くはずだ。


 とはいえ、それは決して悪いことではない。もちろん作品の質が落ちたわけでも、時代遅れの代物になったわけでもない。その衝撃にヤラれたアーティストによる作品を経由して聴くのがほとんどなのだから、当然の結果である。"誕生→吸収→拡散"の繰り返し。こうして音楽は常に前進してきた。"誕生"の衝撃は"吸収"の段階で音楽的正史(とされているもの)に組み込まれてしまう。これを人は"文脈"や"歴史"と呼んでいる。


 だが、ネットが一般化して以降、その"文脈"や"歴史"は複雑になり、入り組んだものとなった。絶対的権威であった音楽的正史やトレンドは存在感を失い、聴き手の個人史的音楽体験が重要度を高めつつある。それゆえ、グライムスディスクロージャーのような折衷的センスを持つアーティストが人気を集め、チルウェイヴ以降に生まれたクラウド・ラップ、シーパンク、ヴェイパー・ウェイヴといったインターネット・ミュージックが注目されている。90年代から始まった細分化はとどまるところを知らず、"シーン"という言葉も、ジャンルによるタグ付けも形骸化させるに至っている。その結果、多様な価値観が認められる状況が生まれ、音楽にまつわるあらゆることが曖昧になった。一寸先は闇。明日のことすら予測できないのが現在だ。


 そうした現在は、曖昧模糊でスッキリしないものではある。しかし、そんな状況に面白さを見いだす新しい感性も出てきている。それが先述のグライムスやディスクロージャーであり、日本で言えば《Maltine Records》である。筆者はこれらの感性を肯定したい。少なくとも、わかりやすさだけを求める単純化によって誰かがハブられるよりはマシだと思う。人間は、"右向け"と言われても素直に向けない複雑な機微を持つ生き物だ。その機微が拠り所とする居場所が多くある現状は素直に嬉しいと思える。クラウズのファースト・アルバム『Ghost Systems Rave』を聴いていると尚更だ。


 スコットランド出身のクラウズは、フェイク・ブラッドが主宰するレーベル《Blood Music》から2010年にリリースした「Liquid」で大きな話題を呼んだ、文字通りの若手である。その後はティガ主宰の《Turbo》から数多くのEPを出しているが、今年4月にはブルックリンの新興レーベル《Fifth Wall》より「Man Out Of Dubs EP」をリリースするなど、フットワークの軽さも披露している。《Resident Advisor》のインタヴューによると、ダフト・パンクジャスティスといったアーティストに影響を受けたそうだが、本作はここ数年再評価されているインダストリアル・テクノの要素が色濃く出ている。「The Rights Of Artificial Life Form」はフィルター・ハウスに夢中だった『Homework』期のダフト・パンクを感じさせるが、基本的にはブラワンやサージョン、レジスなどと共振するハードなダンス・ミュージックが多く収められている。


 しかし、細部に注意して聴いてみると、「Modular Scarf」にはジェフ・ミルズに通じるグルーヴがあり、ブラック・ライオット「A Day In The Life」のシンセ・サウンドを想起させるレイヴ・チューン「Future 1」、さらに「Future 2」はビッグ・ビートの匂いを醸し出すなど、クラウズの背後にある豊穣な音楽的要素を見つけることができる。クラウズのサイトにアップされているミックスでは、アンディー・ストットやエイフェックス・ツインの他にジェームズ・ブレイク、ゴッドスピード・ユー!・ブラック・エンペラー、パンダ・ベアも選曲されているが、このことからも、クラウズの貪欲な雑食性が窺い知れる。


 少々変わった曲名群も興味深い。「Topless Female Nudity」というジョークみたいなものもあれば、グルジアの民族のひとつを指す「Khevsurian」なんてタイトルもある。さらに恒星周りの領域を意味する「Roche Lobe」、ブラックホールとされている天体の名称を掲げた「GX 339-4/V821 ARA (About 1500)」と、宇宙にまつわる曲名も散見される。クラウズはよほど宇宙が好きなのかもしれない。だが、何よりも驚かされるのは、偏執的に快楽を追求したサウンド・プロダクションだろう。もはやクラウズ(雲)という名前のイメージとは真逆のベクトルすら感じるが、本作にはふわふわとした緩慢さは一切なく、徹底的にねじ曲げられたアーティフィシャル・サウンドがアルバム全体を支配している。


 そういった意味で本作におけるクラウズは、人間臭さを排した不純物100%の音を作りあげながら、同時に享楽主義者を喜ばせる肉体性も確保している。とはいえ、この相反すると思われているふたつの要素を混在させるのは、そう難しいことではないのかもしれない。例えば、アンドリュー・ブルームによる著書『インターネットを探して』が示すように、普段はあまり意識しないものの、仮想空間だと思われがちなインターネットは、データ・センターなどの物理的施設によって管理された空間である。あなたがいま本稿を読めているのも、膨大な数のケーブルやら中継点を通って目の前にある端末に表示されているからだ。インターネットという仮想空間の裏には、汗水たらしてケーブルを設置する作業員の姿があり、システムを順調に機能させるため日々働くオペレーターやエンジニア、つまり、"人"がいる。とてもシンプルな事実だが、このことを意識するだけで、具体性や現実感が浮かび上がり、今まで見ていたものとはまた違った壮大な光景が見えてくる。


 これを現在の音楽の在り方に置き換えれば、曖昧模糊でスッキリしない状況にも人は確実に存在するという認識に至る想像力さえ持てば、点としてある多様な価値観を線で繋ぎ、活発な双方向性が確保された新しい場所を生み出せるのではないか? いわば、再解釈と再定義の可能性。そんな可能性にクラウズは挑んでいるのかもしれない。だからこそ、大勢の人で溢れるダンスフロアだけでなく、ストリーミング配信されるビートに合わせひとりベッド・ルームで踊る者も含めた"Ghost Systems"で"Rave"する。本作において"Rave"は、どこかでおこなわれている特定のパーティーだけを指すのではなく、もっと大きな、言ってしまえば我々が住むこの世界全体を捉える言葉として掲げられている。



(近藤真弥)

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