CHRONOVALVE『Trace Of Light』(Home Normal)

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 ロバート・キャパの著書『ちょっとピンぼけ』は多くの方も知っていることと思うが、そのなかで高尚な写真論が展開されている訳でもなく、基本、回想録であり、その筆致から醸されるキャパそのものの人柄といおうか、そういったものが戦地というシリアスな状態においても、仄かな諧謔や不安定な感情が鬩ぎつつ、伝わってくるものに魅せられるのかもしれない。


 今や、どんな国や場所、または特別な環境でカメラのシャッター音のようなものが頻繁に聴こえるようになった。自然に溢れた場所でも、誰も居ないかのような場所でも。もしかしたら、ただ、その景色をそのまま視る、聴く行為よりも「記録」しようとする倒錯さえ生まれているのではないか、というくらい記念品みたく、あらゆるものが保存されてゆくが、大量に保存された写真や記録は果たして、どこを遊泳するのか、停まらない時間下で、置いていかれてしまう憂慮もおぼえる。


 以前に、完全防音が為された部屋で、ミニマル・ミュージックの幾つかを聴く機会があった。ラ・モンテ・ヤングやテリー・ライリーといった名の知れたアーティストから、無名の実験的ともいえないでもない、本当に、単音がひたすら奏でられる音楽といってもわからないようなものまで。時計も外部音もなく、じわじわと反復とサウンド・レイヤーが緩やかに変わる。そのなかで明らかに普段の体感時間は変わり、いつもならば、1時間をもっと短く生活のなかで切り取ってしまっていたのが、その時間はとても贅沢なものだった。


 現在、アンビエントやドローン・ミュージックが眠りを誘うのではなく、現代音楽と交錯し、ポスト・クラシカルへと、更にはクワイア・ミュージック、時間芸術との位相連鎖を見せてゆくような傾向がある。


 しかし、アンビエント・ミュージックがサティーを経由した環境との連鎖を見せながら、ときに、外音さえも包含する機能性を持っていたならば、ここでも書いたミュゼットザ・クロイスターズなどの作品のように、聴き手に拓かれたところがあった気もする。マイク・インゲブレットソンのソロ・プロジェクト、クロノヴァルヴのデビュー作『Trace Of Light』はジャケットのタイムレス感もそうだが、少々、カテゴライズの網を抜けてくる面白さと不気味さがある。音像の変化の仕組みがサイケでもあり、その音の細かな刻みを安易に幻想的というには、あまりに彼岸を思わせ、ときに怖さも感じる。


 思うに、一時期のチルウェイヴに括られていたアーティストたちがソウルやR&B的に、または、ビートやリズムの細部に拘りだし、さらに個々の内在的な音楽語彙により読み替えをしてゆくなか、ベッドルーム・ミュージック(この言葉ももはや、恣意的になってきているが)ではなく、外側へと接続されてゆくスムースな進歩と言えないでもない作品も生まれているが、こうしたシンセに声のハーモニーを重ね、トリップさせるような狙いは明らかに聴き手を巻き込もうという訳ではなく、意図の演出も見えないのが不思議である。それでも、冒頭にキャパの著書の例を出したように、決して難解な音楽ではなく、甘い旋律に心が動かされる瞬間もある。タイトルのような"とある光の辿った足跡"を追いかけてゆくようで、マイク自身の回顧録を紐解いている気分にもなる。曲名にあるとおり、「The Gravity Of Dreams」「Memories Still With Us」、そして、「Into A New Future」という言葉のイメージに引っ張られたまま、非可逆な時間と並走する。


 なにかと刺激的な音楽も溢れているが、こういう音楽もじわじわと多くの人に発見されてゆくことを望みたい。



(松浦達)

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