VARIOUS ARTISTS『Subterraneans V.A.』(ano(t)raks)

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 ここ最近"シティー・ポップ"と呼ばれる音楽が多くのリスナーを惹きつけている。筆者も惹きつけられたひとりだが、レヴューをした作品で愛聴しているのは、cero『My Lost City』カナタトクラス「クウシュの夢」シャムキャッツ『たからじま』などなど。とはいえ、これらの音楽を"シティー・ポップ"の一言で括ってもいいのだろうか?


 というのも、これまでのシティー・ポップと呼ばれていた音楽のほとんどは、都会的かつ煌めいた風景を描き、ある種の幻想を聴き手に抱かせるものだと思うから。しかし、現在のシティー・ポップと呼ばれている音楽は、都会に憧れ、無邪気に幻想を抱くだけではない。


 例えば、"ベッドタウン・ポップ"を自称する失敗しない生き方の音楽は、その自称が示すように、綺麗に整備されただだっ広い道路に囲まれたショッピング・モールがポツンとある、都会でも田舎でもない、電車にそこそこ長い時間座っていれば賑やかな繁華街に行けるような場所を想起させる。言ってしまえば、失敗しない生き方の音楽には都会に対する憧れや幻想はなく、むしろ憧れや幻想を客観的に捉え、それゆえ生じる微妙な距離感をポップ・ソングに昇華している。


 失敗しない生き方は極端な例だとしても、2010年代に生まれたシティー・ポップと呼ばれる音楽のほとんどは、多少なりとも微妙な距離感を孕んでいるように聞こえる。これはおそらく、価値観が多様になり、また、ネット以降の現在、自分の嗜好に沿った音楽を簡単に見つけることができるようになったからだろう。なにも、コミットできない"僕たち私たちの音楽"を求める必要なんてない。いまや世界中に隠れていた音楽が可視化され、"僕の私の音楽"を容易く手に入れることができる。


 こうした状況に対し、"僕たち私たちの音楽"のもとに集まり共有することで得られる興奮に慣れきった者は、戸惑いを抱くのだろう。だが面白いことに今、価値観が多様になり、"僕の私の音楽"を手に入れられるという"現在"に多くの人が集いつつあるし、そこに集う者たちは自分にはない価値観に触れ、面白がっているようにも見える。もしかするとそれは、みんなでひとつの楽しみを共有することから得られる連帯感ではなく、それこそ、「全員が一人の女性を愛すことがないように、全員が同じ思想を持つことは、嘘なのである」(※1)と考える者が増えている現況がもたらした、新たな繋がり方、共有の方法なのかもしれない。


 もっと言えば、こうした新たな繋がり方や共有の方法が目指しているのは、都会も田舎も関係ない、ましてや出自や思想も関係なく人々が触れあえる風景ではないか? サウンドクラウドやYouTubeに日々アップされている小さい歌声(七尾旅人ではないが、それこそ『リトルメロディ』)が瞬く間に広がっていき、その過程を誰もが目撃者として追える現状にジャストなタイミングで投下された本作『Subterraneans V.A.』を聴いていると、そう思えてくる。


 本作は、これまでにも『Soon V.A.』『Upwards And Onwards V.A.』といった話題のコンピレーション・アルバムをリリースしてきたレーベル《ano(t)raks》の最新コンピである。参加アーティストは収録曲順に、マンタ・レイ・バレエ、失敗しない生き方、にげたひつじ、Friendly Spoon、Layla、Ayuzaki Ami、鎌倉克行(so nice)、Basil、森は生きている、so niceの計10組。すでに名が知られているアーティストから、これから多くの人に聴かれるであろうアーティストまで、ヴァラエティー豊かなラインナップとなっている(ちなみにso niceは1975年結成の大ベテラン! アルバム『Love』は名盤です)。


 そして本作は、《ano(t)raks》のコンピ史上もっともコンセプチュアルな作品だと言える。まずはジャケット。いまや娯楽としての需要が高いとは言えないボウリング場と、ジージャンを着て座る美人さんがフィーチャーされている。メイクなどから察するに、この美人さんはモダンな女性だと思うが、ジージャンは労働用上着としてのルーツまで遡れば80年以上の歴史があり、ボウリング場は1970年代の第一次ボウリング・ブームをふまえれば、日本の昭和を想起させる(ボウリング自体の歴史は紀元前にまで遡れる)。いわば、さまざまな時代の文化にアクセスできるようになった"今"をスタイリッシュに暗喩したデザインとなっている。


 収録曲が多様性に富んでいるのも、本作のコンセプチュアルな一面を際立たせる。『Soon V.A.』『Upwards And Onwards V.A.』は比較的統一された雰囲気があったものの、本作は、森は生きているの「帰り道 dub mix」にはじまり、ジャジーなラウンジ・ポップに仕上がっている失敗しない生き方 の「月と南極」、さらにはBaBeといった80年代末のアイドル・ソングを思わせる(小川美潮を擁したチャクラ的なニュー・ウェイヴっぽさもある)Laylaの「パラレル」など、彩度が高い内容となっている。


 本作に収められた曲はどれも秀逸だが、筆者の私的好みで言えば、Laylaの「パラレル」が心にズッパシきた。先述した曲調はもちろんのこと、それ以上に筆者の心を打ちぬいたのは、歌詞に登場する以下の一節。


 《きっと幻なんだけど どうせ僕らも同じもの こんな世界は手のひらで Uh 転がそう》


 この一節は、SNSで手軽に人と繋がれる現状に諸手を挙げて同調しない醒めた視点がありながらも、そのうえで"今"を肯定する複雑な気持ちを見事に表現している。ネットが介在しない文化なんてほぼありえなくなった時代のアンセムとして響きわたってもおかしくない。



(近藤真弥)




【編集部注】『Subterraneans V.A.』は《ano(t)raks》のバンドキャンプからダウンロードできます。


 ※1 : 早川義夫著『ラブ・ゼネレーション』の増補版「あとがき」より引用。

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