THESE NEW PURITANS『Field Of Reeds』(Infectious / Hostess)

|
These New Puritans『Field Of Reeds』.jpg

 今作を自然的変化というには過度とも思える。ジーズ・ニュー・ピューリタンズは、00年代後半のニュー・エキセントリックと括られたシーンの中でも、一際スタイリッシュにポスト・パンクを纏い、耽美的で英国的な翳りを持って鋭角的な存在感を兼ね揃えていた。ファッション、アート界からの称賛もあり、ややイメージ先行だったところもなきにしもあらずといえた08年のファースト『Beat Pyramid』から、自然音と伝承へ回帰し、深い森の中に帰るような10年のセカンド『Hidden』では、音楽メディアから賛美の声があがったのも記憶に新しい。


 不穏なコーラスにループ・エフェクト、更には和太鼓や金管、木管楽器などを取り入れ、BPMを落とし、より深遠なサウンド構築を優先したなかで、彼らは「We Want War」と歌ったが、視界を拡げる音風景に聴覚を刺激する本質的な差異が伴っていない、そんな印象も受けた。


 例えば、仏の哲学家、美術史家であるジョルジュ・ディディ=ユベルマンは数多くの著書のなかで「イメージ」を巡る数多の痕跡に対して、イメージの断片は全体性を安易に流通せしめてしまい、非=交換性を貶めることになってしまうと懸念を示している。


 つまり、イメージの可読行為が他リソース群との共振、差別化により、構成しないからであり、認識を阻害するのはときに想像力であるのかもしれず、彼らが『Hidden』で求めた(とされる)「戦争」はまさしく、現代の「それ」ではなく、想像内での疎外された異地を意味するとしたならば、当初から、ジーズ・ニュー・ピューリタンズというバンドは現代という時間感覚から錯誤した異端者である定めだったとも察せられる。


 ひとつのイメージですべてを切り取ろうとするのではなく、複数をモンタージュ化して、イメージさえも逸らす所作を選ぶこと。ゆえに、今作はチェンバー・ポップ的な曲やクワイワ風の曲が並び、ピアノとホーンが牽引してゆくアンビエンスが際立つ。カテドラル内での残響が似合うような、反復を軸にじわじわと重ねられるサウンド・レイヤーのなかに漂う木霊のような声の破片も含めて、時間芸術のような節もある。


 特筆するに、9分を超える4曲目の「V(Island Song)」ではポスト・クラシカル的にかつ、ジャック・バーネットのボーカルが幽玄に揺蕩い、ミニマルなリズムがヒプナゴジガルに怪しげな雰囲気を作り上げ、6曲目の「Organ Eternal」ではタイトル名どおり、オルガンの音色が主軸に置かれながら、子供の嬌声がふと混じってきたり、荘厳さと不気味さを往来する。9曲という単位ながら、53分ほどに渡る音絵巻は、全く違うバンドのものとして、もしくは映画のサウンド・トラックのように感じられるかもしれない。ボン・イヴェールことジャスティン・ヴァーノンが参加していたヴォルケーノ・クワイア辺りのカームな空気感を思わせながら、あの"声"がないこと、また、昨今のチルウェイヴ的な趨勢とリンクするには、そういった流れが確実に変わっていることからすると、この2013年という時間軸からは異端に浮く。


 興味深い内容だが、やや爛熟されたイメージと音像への意味目的そのものが想像過多になっているように感応してしまう。



(松浦達)



【編集部注】『Field Of Reeds』の国内盤は6月26日リリース予定。

retweet