IRON & WINE 『Ghost On Ghost 』(4AD / Hostess)

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 現在、USでこうしてポピュラー性とオルタナティヴのふたつの引き裂かれた要素を折衷させた訴求力を兼ね揃えているSSWもなかなかいないような気がする。フォーク・リヴァイヴァルの機運が確かにあるにしても、このアイアン・アンド・ワインの約2年振りとなる新作『Ghost On Ghost』の風通しと見晴らしは良好だが、決して華々しく賑やかなものではないからだ。サム・ビームの声は相変わらず澄みわたり、ふとしたときに初期のジョン・メイヤーを思わせるほど甘く心地良く、そして、ほのかな苦味もキャリアを重ねてきたからこそ、だろうか、感じられる。


 今作には、ストリングスとホーンのアレンジャーとしてロブ・バーガー、プロデューサーにはブリイアン・デック(モデスト・マウスなど)が参加している。加えて、ボブ・ディラン・バンドのベーシストとして名を馳せるトニー・ガルニエも脇を支え、細部にまで行き届いたアレンジメント、着想の妙が通底している。


 もしかすると、今作からアイアン・アンド・ワインを知るという方もいると察するので、簡単な説明を加えておきたい。


 アイアン・アンド・ワインとは、USのサム・ビームという一人の男性のステージング・ネームであり、プロジェクト的なものではなく、基本、SSWとしての性質を帯びる。キャリアは10年を越え、今作でオリジナル・アルバムとしては5枚目を重ねてきたのもあり、中堅の域に達してきたが、アメリカン・トラディショナル・ミュージックからMPB、レゲエ、多くの国の音楽を摂取したメロディー・メイカーとしての手腕は世界的な評価も高く、キャレキシコとのコラボレーション作品を出すなど、USインディー・シーンでは、フリート・フォクシーズやバンド・オブ・ホーセズ、ザ・ディセンバリスツなどと名前が並べられもする、孤高にして不思議な立ち位置にいる存在といえる。


 しかし、当初の《Sub Pop》から、USでは《Warner》、それ以外の地域では《4AD》へとレーベルを移籍してからは、よりソフトにポップに、拓かれた要素が前景化しているせいか、元来のUSにおける50年代の終わりから60年代にかけて盛り上がったフォーク・ソングの在り方そのものを再考せしめる内容になっているとも感得できる。当時に於けるロックとは、大学など無関係な中層以下といえるだろうか、庶民たる若者の音楽、フォークはカレッジ・カルチャー、若いインテリ層により、二分化していたという状況があった。しかし、かのボブ・ディランは中産階級層が喝采を与えていたフォーク・ソングにエレキを持ち込み、その溝が錯転、無化さえしてしまったことは周知だろうか。ウィリー・メイソンの新作の際も少し書いたが、今、多くの国や場所で散見されるフォーク・リヴァイヴァルとは、ルーツと伝統音楽への測位をはかりつつ、そういった伝統が持つ歴史の過重力からときに遠心性を持つことがままある。時間軸を曲げた、現代的な語彙に置き換える移行の捻じれ。


 ゆえに、このアルバムでは、要所でバーバンク的要素がうかがえ、冒頭の「Caught In The Briars」ではメロディーそのものの美しさの裏側に、かなり自在で実験的にホーンや色んな音色が鳴っており、最後はジャジーに崩れたりもする。あたかも、かのレニー・ワロンカーの影を踏むように、キャラバンやアソシエーションなどの幻想的でノスタルジックな断片がクラシカルなフレーズとともに見え隠れするように。


 そして、他の曲群でも、ジェームス・テイラーを彷彿させる端整な唄から、まるで、シー・アンド・ケイクのような変則的リズムが映えた、ポスト・ロック、哀愁を帯びたリリカルな面にはエリオット・スミス、ジェフ・バックリィなどのSSWとしての資質が多彩に反射しては耀く。他者を想うことの大切さ、恋や愛的な何かをめぐったシンプルなリリックも含めて、全編を通じ、尖りや暗さよりも陽だまりの中での暖かさ、彼自身の人柄が音に顕れたといえる優しさに満ちているのも特徴的だろう。


 思えば、日本ではまだそこまでの規模とはいえないが、ここ近年で世界的にブレイクしたバンドの筆頭格、マムフォード・アンド・サンズは伝統音楽やルーツ・ミュージックを掘り下げながらも、現在進行形の躍動として届けることで「みんなのうた」にしてみせたが、アイアン・アンド・ワインは異なる文脈から、世の縁近くで、音楽になにかしらの切実な意味を求める人たち、ひとりひとりに歌いかけるような道を往く。


 おそらく、そうして口ずさまれる唄はおのずと多くの人たちを巻き込み、いずれ、誰かの唄になってゆくのではないだろうか。そもそも、みんな、なんて言葉には自家撞着がある。同じ歌を聴いていても、同じ感情になることなど有り得ないからだ。だから、サミュエル・ビームはそれぞれにとっての"喜び(Joy)"を求めてゆくんだよ、と美しく小さな声で歌い、旋律を水面に落とされた石が示す波紋のように広げてゆく。


 聴く人たちの日々の傍らに寄り添う、何気ない宝物のような作品なのではないか、と思う。今後の一層の活躍を期待せしめるには十二分な内容になっている。



(松浦達)

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