HOW TO DESTROY ANGELS『Welcome Oblivion』(Columbia / Sony)

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 ハウ・トゥー・デストロイ・エンジェルス(以下HTDA)はマリクイーン・マーンディグ、トレント・レズナー、アッティカス・ロス、ロブ・シェリダンによるバンド。トレント以外のメンバーの存在が見えにくかったナイン・インチ・ネイルズ(以下NIN)に比べ、女性ヴォーカルという個性がある。


 ちなみに今回カタログ番号が"Sigil 04"となっているが、"Sigil"とはHTDAの作品にだけ冠された記号で、NINの"Halo"と同等のバンド固有のナンバリング・クレジットになっている様子。それはこの名義である程度の数をリリースしようとしているとも取れるし、トレント・レズナー・アンド・アッティカス・ロス『The Girl With The Dragon Tattoo』でもマリクイーンが4曲ヴォーカルを取っているなど、HTDAが現在のメイン活動であることが窺え、女性ヴォーカルの作品を作りたいというトレントの意向が更に強くなっているのではと思わせる。


 デビューEPより更に暗く、迫り来る恐怖があるのもトレントの成せる業だと思う。アルバムは全体的にスロー・テンポだが、中盤の「How Long ?」では厚みのあるコーラスが新鮮だ。NINでは聴いたことのないポップ・ソングとしてのアプローチでもあり、『The Girl With The Dragon Tattoo』で披露したブライアン・フェリーのカヴァーなど過去のルーツに繋がっているように思える。そんな中でもジョイ・ディヴィジョン~ニュー・オーダーのベース・ラインに似ている節が出てくるのは、かねてから影響下にあることを公言していた彼らしいサウンドで、この曲は不協和音が並ぶなかでは唯一のきれいなコードである。


 否、きれいな、とは言っても美しいのとは少し違う。トレントの場合むしろ不穏な音の方がはるかに美しいわけで、逆にそれを一番感じさせたのは「Strings And Attractors」という曲の、サントラにもNINにもなかった不思議なコードだった。こうした新たな側面が見られるのは非常に嬉しいし、もちろん今までのトレント特有の乾いた不協和音の連続にも感動させられる。


 自分の中にあるものを吐き出す手段として激しい曲調でシャウトをしていたNINだが、今のトレントにそれは必要ないのだろう。荒ぶるギター・サウンドも当然ない。トレントがこれまで見せてきた凶暴性は、今はただ静かにゆっくりと浸食していく液体か何かのように感じられ、「Ice Age」という曲があるように、氷で覆われた世界さながらだ。だから敢えて言えば、ただスロー・テンポというだけでなく、そもそもNINで見せている激しさがない作品になっている。落ち着いているという意味ではなく、例えるならオウテカの作品に似た冷たさがある。


 マリクイーンは元々自由な表現をする人なのか、トレントがさせているのか、同じ女性が歌っているはずなのに曲によってその表情を大きく変える面白さがあり、女性ヴォーカルをプロデュースするかのように素材として考えている節も窺える。そしてメンバーであるロスがNIN後期作品を手がけているのに対し、ミキサーのアラン・モルダーは初期作品を手がけており、その2人が関わった結果、初期作品のドライなサウンドが色濃くなっているのは興味深いところ。ある意味では原点回帰しつつ、しかし同じものを作りたくないという意図的なものなのだろうか。そういったことも含め、まだこの先の可能性を秘めたプロジェクトだと言えよう。



(吉川裕里子)

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