PHOENIX『Bankrupt!』(Warner)

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 ムック版のクッキーシーンにて彼らの来歴については書いたこともあるが、個人的に、彼らがこれだけの世界的にポピュラリティーを得るバンドになるとは想像していなかった。また、ライヴを観るたびにジャンクで決して演奏は巧いともいえず、フランスらしいスマートさとスノビズムに宿る何かは、かの国のボリス・ヴィアンからセルジュ・ゲンスブール辺りの精神的系譜を思うと、直情径行なところが可視できながら、ただ、憎めない、捻くれ者たちが集ったバンドという印象を拭えずにいた。


 振り返るに、ガレージ・ロック・リヴァイヴァル、またはポスト・ロック、エレクトロニカが求心性を高めている中での00年の『United』における時間感覚が明らかに消失したと思しきプロダクションと、80年代的な煌びやかさ、ゴスペル、アーバン・ポップスまでをもひとつの作品に押し込んだ力技はすぐにシーンに受け入れられたという訳ではなく、日本では特に、タヒチ80辺りのセンスがフランスの音楽のイメージ造成に付与していたのも否めなかった。セカンド『Alphabetical』での、反動としてのやや装飾過多で内省的ともいえる内容、06年のサード『It's Never Been Like That』はベルリンへの渡航を契機に、ヨーロッパ的なものを求めようとし、生身のままのバンド・サウンドながら、音の角は矯められており、品の良さも漂う繊細なロックンロールを提示していた。


 そして、第52回グラミー賞にて最優秀オルタナティヴ・ミュージック・アルバム賞を受賞し、今やフェスでもヘッドライナーをつとめるポジションにもなり、世界中で愛される存在に押し上げた09年の前作『Wolfgang Amadeus Phoenix』。


 さて、そんな中、この約4年振りとなるこの『Bankrupt!』は、何かしら過剰でいびつな、同時代性はほぼ無関係に、成功した同じ轍を踏まない、彼ららしい作品になっているのは流石だといえる。


 前作からすぐにレコーディングに入ったというが、ニューヨーク、ロンドン、イタリア、パリなどバンドは別々の場所で過ごし、インターネット上のやりとりで楽曲をブラッシュ・アップしながら、結果的には2011年の春、カシアスのフィリップ・ズダールとパリに集まり、24ヶ月に及ぶレコーディングの果てに結実した。そのアイデアの断片は輸入盤のデラックス・エディションで聴ける71曲の未発表曲、デモなどを収録した中からも伺えるものの、本編が10曲とコンパクトに絞られることで、支離滅裂になりそうな帰着点の瀬戸際を縫っているのが分かる。


 リードとして発表された1曲目の「Entertainment!」から煌びやかなシンセが「Too Young」を彷彿させたが、それ以上の過度さで展開され、ディスコ・ポップのような華やぎを牽引せしめている。ただ、そのPVが北朝鮮と韓国をモティーフにしたものであったり、歌詞にしても、《What You Want And What You Do To Me / I'll Take The Trouble Let You Have My Mind(君が欲していること、君が僕にすること、君の頭のトラブルを引き受けていくよ》、《I'd Rather Be Alone(ひとりでいる方がましだね)》というフレーズも残るなど、一筋縄でいかない。


 音楽的な部分での影響では80年代に活躍したフランス人のジャクノ(JACNO)をトーマスは挙げているが、全体を通じて、80年代的なサウンド・メイクが際立っている。AORからブルー・アイド・ソウル、ニュー・ウェイヴの濃厚な色に幾重に織り込まれたエレクトロニクス、ズダールらしいアイデアが散見される。


 3曲目の「S.O.S. In A Bel Air」はこれまでの彼らのポップ・エッセンスが凝縮されたような佳曲であり、旧来のファンも喜ぶのではないかと思う。また、クールなバンドという巷間のイメージを逆手に捉えたバウンシーなR&B調の4曲目の「Trying To Be Cool」では、あえて《I'm Just Trying To Be Cool(僕はクールになりたいだけさ)》と歌う。ミニマルで繊細なサウンドスケープが詰めこまれた7分弱のタイトル曲「Bankrupt!」をひとつの分岐として、後半は少しトーンを抑え目にセクシュアルな気配も立ち上がってくる。10曲目の「Oblique City」では疾走感のあるギターポップで鮮やかに幕を引くのも見事だと思う。


 しかし、今、2013年において、この作品と比肩するものが見当たらない、弧然と、ある種、不気味な躁性とカオスが表前化したものになっているのは面白く、同時に、音楽と文学の対位も密に感じさせる。人工性と慣習から逃れるべき言葉と、その言葉を成立せしめる潜在性。アルバム・ジャケットのアンディ・ウォーホールのキャンベル・スープの絵のようなアートワーク。ありふれたもの、看過してしまいそうなものに、もう一度、"秘密"の埋め込みを試行すること。例えば、ドラッカー・ノワール、ブルジョワ、コカ・コーラのロゼッタ・ストーンなど意味深いフレーズが今作内には見受けられるが、彼らなりのイロニーと切実な想いが混濁し、既存の「固定」意味から、聴き手の想像力の「可塑」へ仮託される。


 人気バンドになった今でも、フェニックスとは、時代感覚や周囲の期待を傍目に、オルタナティヴとポップネスを共存させ、自由に自分たちの好きな音楽を追求するバンドなのだと感じさせてくれる1枚だ。



(松浦達)

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