MADEGG『Kiko』(Day Tripper Records)

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 音楽を聴いたときの衝撃は、そのままの形をとどめることはない。初めて聴いたときの衝撃を味わおうと、何回も聴いているうちにその衝撃は薄くなり、興奮の度合いも下がっていく。とはいえ、これは決して嘆くことではない。ほとんどの音楽に当てはまることだし、興奮と衝撃を味わった過去の記憶は聴き手のなかに刻まれる。それに、過去の記憶に触れるための導線として繰りかえし聴かれるのだから、やはり"残す"という行為は尊い。


 しかし、ごく稀に、いつの時代、場所、状況で聴いても新鮮な気持ちにさせてくれる音楽も存在する。それはどういう音楽なのか? もちろん人それぞれ異なるが、その音楽は聴き手にとっての大切な宝物として、おそらく死ぬまで鳴りつづける。筆者にとって、マッドエッグの音楽とはそういうものだ。最新作である『Kiko』を聴いて、その思いを強くした。


 前作『Tempera』から約11ヶ月ぶりのアルバムとなる本作は、聴き手が見ている風景をガラリと変えてしまう音が詰まっている。過去の作品群では、フライング・ロータス以降のビート・ミュージックからの影響を感じさせるなど、他の音楽と共振するわかりやすい要素が目立っていた。しかし本作においてマッドエッグは、孤高とも言える境地に達している。ダブステップ、ヒップホップ、ブレイクビーツ、UKガラージなどを徹底的に溶解させ血肉とした音楽性には、他ジャンルと交わることがない孤独感を漂わせながらも、確固たる独自性を獲得した風通しの良さがある。


 だが、何よりも興味深いのは、多彩な音色が内包する豊穣な風景である。これまでもマッドエッグは、懐かしさを抱かせるノスタルジックなアトモスフィアや、先鋭的な音から生じるSF的風景を見せてくれたが、過去から現在、それから未来までをも自由に行き来する本作には、そのすべてがある。音に込められた感情も、喜怒哀楽には到底収まらない多様なものだ。さらに言ってしまえば、音が歌っているようにも聞こえる。こうした作品を作りあげる才能を開花させたマッドエッグは、トラックメイカーというより、シンガーソングライターなのかもしれない。くるくる回せば絵柄が変わる万華鏡のように華やかな本作は、そう思わせるだけの才気が迸っている。それにしても、この才気はどこまで伸びていくのか? それを考えると恐ろしくもあり、楽しみでもある。



(近藤真弥)

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