RHYE『Woman』(Republic / Polydor)

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 価値観が多様になり、あらゆるものがニッチになった影響か、ここ最近、既存の枠組みから逸脱しようとする音楽をよく見かける。例えば、自身の声をあえて機械的に加工し、送り手のパーソナリティーを消しながらもそこにソウルを宿した、ジェームズ・ブレイク『James Blake‎』などがそうだ。このアルバムは、伝統や歴史に忠誠心を捧げるだけではなく、伝統や歴史から現代でも通じる要素を抽出し、それをモダンなポップ・ミュージックにアップデイトしている。


 こうした半逸脱的行為は、アヴァンギャルド、またはエクスペリメンタルと言われることもあるが、『James Blake‎』に対する好意的な評価から察するに、先述の「価値観が多様になり、あらゆるものがニッチになった」という認識が多くの人々の間で共有されつつあるのだろうか? だとすれば、ライによる『Woman』が持つ曖昧さは、とても興味深いものとなる。


 ライが登場した当初、高い匿名性を守っていたこともあって、あの美しい歌声は女性だと思っていた人も多くいただろう。しかしその正体は、デンマーク出身のロビン・ハンニバルと、カナダ出身のマイク・ミロシュによる男性2人組のユニットだった。ヴォーカルはマイクが担当しているそうだが、この事実を知ったとき、驚いた者もいるのではないだろうか? そして同時に、"なぜあんなにも女性的に歌うのか?"という疑問が、心のなかに生じたはずだ。


 本作までにリリースされた「Open」「The Fall」といったシングルのジャケットも、それぞれ女性の体を映したデザインを選んでいることから、本作は女性的な雰囲気を醸しだしているのだろうと、聴く前は勝手に予想していた。しかし、その予想は見事に裏切られた。確かに女性的な雰囲気はある。だがそれは、女性に対する憧れというよりは、ある種の溶解を感じさせるものだった。特にマイクのヴォーカルは、"女性になろう"としているのではなく、"女性に近づく"ことで、性別などの枠組みから解き放たれるための"祈り"に近い境地で歌われている。このことが、先に述べた「曖昧さ」に繋がっていると思う。


 収録曲のほとんどは、ミニマルなプロダクションが印象的なトラックであり、そこにディスコやR&Bなどの要素をスパイスとして振りかけている。お世辞にもサウンド自体は斬新と呼べるものではないが、後述する歌詞の世界観を生かすため、必要最低限の音だけを鳴らしているのが伝わってくるし、ひとつひとつの音が生みだす甘美なアトモスフィアは、多くの人を陶酔的快楽にいざなうだろう。


 歌詞の多くは愛にまつわることをテーマに取りあげているが、注意深く耳を傾けると、恋愛関係における表層的な感情ではなく、その感情の根源を成す機微に目を向けているのがわかる。「Open」 「The Fall」のMVは、本作が内包する機微を上手く表現していると思うが、このMVで見ることができる風景を聴き手の心に作りあげる歌詞なのだ。


 そういった意味で本作は秀逸なラヴ・ソング集とも言えるが、愛の本質を追究する過程で男女関係という構図から軽々と抜けだし、肉体的縛りを克服したかのような"ぼやけた輪郭"を浮かびあがらせている。そして、その"ぼやけた輪郭"は、あたかも"これが本当の自由だ"と言わんばかりに、聴き手をわし掴みにするのだ。



(近藤真弥)

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