ルルルルズ「点と線」(Engawa Record)

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 まず、ルルルルズという捉えどころのないバンド・ネームと言っていいのだろうか、敢えて意味を避け、語呂を優先したかのようなところに面白さがあり、そこに集うメンバーも多岐に渡る。


 オーガニックなサウンドにIDM的な意匠が混ざるPawPawのボーカルのモミ、ベースに以前、ここで書いた良質なコンピレーション『Cue Fanfare!』にも参加していたMiyuMiyuの高木美沙子、ヴァオリニストとして多方面で活躍する許斐美希、くろみつときなこに所属し、静謐にして柔らかなピアノを見せる奥野大樹、ドラムスの酒井一眞、と多種多様なバック・グラウンドを持つ若い気鋭が揃い、そこに、近年、ユメオチでコンセプチュアルに喫茶ロック的な風合を新しく再構築したともいえる、ギターとキーボードを担当する行達也が加わる。


 このデビューとなり、挨拶代わりでもある3曲入りのEP『点と線』は、そういう意味ではこれからどこにでも進める可能性を孕み、もはや、どこかへの漂流を予め定めているようなインプロヴィゼーション的な展開、沈黙にこそ音が鳴っている節がある。空気公団のような素朴で透いたトーン、モダン・クラシカルの波を自在に泳ぐ、そんな調和と非・規定を往来する。


 早速、先ごろにライヴで観たとき、バンド・アンサンブルが噛み合った瞬間に可視化出来る音像の奥行きがある、というよりも、それぞれのパフォーマンスの鬩ぎ合いの中に、ふと雑味が混じり、弦が、ピアノが、ときに、静謐が、空間位相を滑る際にダイナミクスが感じられた。そして、「声」だけが置いていかれるような心地もあった。


 昔、浅井健一、UA、TOKIE、椎野恭一というビッグ・ネームで結成されたAJICOというバンドがあったが、あのバンドが鳴らしていたサウンドはそれぞれのキャリアや持っていたサウンド・ヴォキャブラリーを解きほぐし、異化作用をもたらせていたような気がしたが、全くキャリアやスタイルは違えども、個人的に、そういう感覚の鬩ぎを想い出すところもあった。ルルルルズにおいては6人の個性の強さとまだまだ秘めているポテンシャルを引き出し合うところもあるだけに、「融和」ではなく、「異化」を目指す試索が見えるということかもしれない。


 さて、具体的に、曲に触れてゆくに、ポスト・ロック的ながらも、シティー・ミュージックのスムースな輪郭もなぞる1曲目「All Things Must Pass」は、都会的な刹那いリリシズムが冷ややかに滲む。


《All Things Must Pass 浮かんでは消える日々の泡立ち いつかはきっと忘れてしまう君や僕のこと》(「All Things Must Pass」)


 しかし、「All Things Must Pass」という題目だけで反応する方は多いだろう。かのビートルズのジョージ・ハリスンの1970年の偉大なるソロ・アルバム名。その大文字の隠喩を忍ばせ、全く違う景観へ運ぼうとし、今の時代の温度にフォーカスを合わせようとする。そのまま、たおやかで弦の響きが美しい2曲目の「夜を泳ぐ」ではミニマルなリズム、反復と細かな差異、世界中のチルウェイヴ、ベッドルーム・クワイワの趨勢とのシンクもうかがえる、か細いモノローグが、所在なさげに結び目を探す。その結び目とは、おそらく都市音楽というものがもはや架空的な何か、であり、ぼんやりとした不安の集積と膨大な情報の網をかい潜らざるを得ない現代の社会生活下にて、ささやかな孤独同士を連結させる。


 都市における孤独の連結はゆえに、「点」であり、その点を「線」で結ぶべく、3曲目の「点と線」は現時点における彼らの明確なステイトメントだといえるだろうか。7分を越えながらも、冗長さもなく、弛まぬ引き算の構成、隙間が活かされたアレンジメント、それぞれのプレイヤビリティはここでは、牽制し合うわけではなく、撥ねつつも混ざる。


《人はどれだけの時間が経てばこんなものさと言えるの 人はどれだけの思いを抱えて生きて行けばいいの これからのことなんて知らない》(「点と線」)


 新しいバンドの始まりにしては、すでに過ぎてゆく痕跡、あまたの過去の音楽的語彙群が刻印され、それを進行形で悼むように、美的価値へアタッチメントするように、ジョン・ケージの言うところのチャンス・オペレーションさえも内包せしめている気配と、演奏や聴取行為そのものの蓋然性を収めた作品という気もする。


 つまり、この録音物はあくまで録音のときの呼吸の重なり合いが活かされ、ライヴやセッションでの音響などによる「不確定性」から、残響、湿度、温度、場所、ニュアンスなどで変容をするのを確かめるためのスケッチ集という側面もあるともいえる。聴取のために保った位置により、このルルルルズから届く音楽の茫漠、曖昧さはある聴衆にとっては、嬉しく受けとめられるかもしれないが、まだ入り口に立ったバンドが沈黙に沿う一回性の、音楽として、これは始まりでさえないとも思う。



(松浦達)

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