弧回『纏ム』(Bright Yellow Bright Orange / Wonderground)

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 「こかい...」かな? 僕も初めは読めなかった。よく見ると、孤独の"孤"でも"狐(キツネ)"でもなく、弓状の曲線を意味する"弧"と"回る"という言葉がひとつになっている。弧回と書いて-koe-と読む。なるほど。漢字ならではの視覚的な印象と"こえ=Voice"とも受け取れるその響きにイメージがぐんと広がる。しかも、アルバム・タイトルは『纏ム(まとむ)』だ。コトバに対する生真面目だけれども、しなやかな感性はこのアルバムを手にしたときから伝わってきた。


 弧回の中心メンバーは大島輝之。僕はこのアルバムをex. guitarと名付けられた彼のソロ・ユニットでのライヴ会場で手に入れた。ex. guitarは"元ギター"というその名のとおり、ネックがもげてボディだけになったストラトとエフェクターを使った即興演奏。鍋のフタやらハサミやらマイクロ・スピーカーやらをピックアップにちょこんと乗せると...マイブラも真っ青なフィードバック・ノイズが! 予測不能のスリルとユーモアさえも感じさせるパフォーマンスにぐっと引き込まれた。大島輝之はソロでのエクスペリメンタルなアプローチを始め、大谷能生と植村昌弘とのユニット sim(シム)など数々の活動で知られるギタリストだ。


 物販コーナーで彼自身から「聴きやすいですよ(笑)」と勧められたのが、弧回の1stアルバム『纏ム』だった。「歌ってます!」とのこと。ジャケットを見つめてみる。真夏の暑さに揺れる陽炎のような情景。まるで時間が止まってしまったみたいだ。懐かしさと新しさ、どことなく不穏な静謐。僕が体験していないはずの日本人としての遠い記憶が呼び覚まされる。


 このアルバムの音像にぴったりなジャケット・デザインだと思う。大島の優しげなヴォーカルとアコースティック・ギターを中心に、石橋英子やジム・オルークと活動を共にする波多野敦子のヴァイオリンが豊かなメロディを添える。千葉広樹のコントラバスが翳りのある低音を響かせる。弧回は、この3人で2011年に結成された。そして、ゲスト・ドラマーとして山本達久が全面的に参加。エクスペリメンタル/ノイズという従来の大島輝之のアプローチとは大きくかけ離れたアコースティック・サウンドが新鮮だ。独特のコード感を持つメロディが耳に、心にすっと入り込む。けれども、優しいだけじゃない。不意を突く曲展開に、大島輝之の奔放な実験精神が眠ってはいないと気付かされる。耳をすませば、ノイズは遠雷のように鳴っている。


 少ない言葉で紡がれるアコースティック・ミュージック。後期のガスター・デル・ソルを思わせる遊び心や七尾旅人が『ひきがたり・ものがたり Vol.1 蜂雀』で描いた詩世界にも通じる、どこか夢うつつな日常。2011年3月以降、音楽だけに限っても"聴ける歌と聴けない歌"があることは、決してナイーヴなことじゃないと僕は思う。それほど日常は変わってしまったのだから。エクスペリメンタルにしろ、ノイズにしろ、音そのものだけで突き進んできた大島輝之が選び取った言葉とメロディは、儚くも切実に僕たちの日常に寄り添う。今の日本だからこそ生み出された最良の音楽のひとつ。唯一のカヴァー・ソングがトッド・ラングレンの「I Saw The Light」なのも示唆的だ。どうしようもないこの国、この時代へのラヴ・ソングは、まだ大声で歌われはしない。



(犬飼一郎)

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