March 2013アーカイブ

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音楽配信サイトオトトイ傘下TV♭(フラット)で絶賛放送中、テレヴィジョン・クッキーシーン。「最新のものと昔のものを適当に混ぜつつ、時代を超えていい曲(いいミュージック・ヴィデオ)をがんがんかけていく!」というのが基本コンセプトです。


全10曲程度で合計35~55分くらい(昔のLP1枚分くらい)のセット・リストが毎週木曜日22時に更新され、時間枠いっぱいに何度もリピート・ストリーミング放送中!


木曜22時からの初回放送時、最初にセットリストが一巡するくらいまで、ツイッターの個人アカウントから今回のセレクター伊藤が軽く(?)曲紹介をおこなう予定です。万が一、なにか予定が入ってしまったら、できないかもしれませんが(その場合は、申し訳ありません)。


3月28日(木)~4月3日(水)に放送される第21弾は、放送事故のため「欠番」となってしまった第19弾のリヴェンジ・ヴァージョン(笑)。


オープニングのライ(Rhye)とエンディングのジョーン・ジェット&ザ・ブラックハーツ(このふたつのヴィデオ、本当に心から大好きなんで...)およびラスト前の3曲のみ第19弾と同じですが、「流れ」的なものを(なんとなく)踏襲しつつ、それ以外は全部新規選曲となっています。


今回も全10曲...なんですが、途中「3曲をメドレー的に演奏したライヴ・ヴァージョン」がありますので、実質的には全12曲。でも便宜上、全10曲...と言わせていただきます(「区切り」的には「10個のヴィデオ」ですし)。その「メドレー」と、もうひとつ長尺曲がありまして、放送時間は約48分。


昨年から今年にかけてのヴィデオは4曲、00年代ものが2曲、80年代ものが2曲、70年代ものが2曲...というバランスになっております。


放送日時は以下のとおり。


3/28(木) 22:00-24:00 ※初回放送

3/29(金) 14:00-16:00 ※再放送(以下同)

3/30(土) 18:00-20:00

3/31(日) 12:00-14:00

4/1(月) 16:00-18:00

4/2(火) 9:00-12:00

4/3(水) 14:00-16:00


なお、第22弾の初回放送は4月4日(木)22時スタートです。


よろしければ、是非!


2013年3月27日2時17分(HI)

2013年3月26日

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2013年3月26日更新分レヴューです。

【合評】大森靖子『魔法が使えないなら死にたい』
2013年3月26日 更新
doopiio『Syrup Gang』
2013年3月26日 更新
WILLY MASON『Carry On』
2013年3月26日 更新
MY BLOODY VALENTINE『m b v』
2013年3月26日 更新
ルルルルズ「点と線」
2013年3月26日 更新

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サイトオトトイ傘下TV♭(フラット)で絶賛放送中、テレヴィジョン・クッキーシーン。「最新のものと昔のものを適当に混ぜつつ、時代を超えていい曲(いいミュージック・ヴィデオ)をがんがんかけていく!」というのが基本コンセプトです。


前回の放送時には、システム・トラブルでご迷惑おかけしましたが、それにつづく第20弾は、通常どおり21日(木)から放送できることになりました。


全10曲程度で合計35~55分くらい(昔のLP1枚分くらい)のセット・リストが毎週木曜日22時に更新され、時間枠いっぱいに何度もリピート・ストリーミング放送中!


木曜22時からの初回放送時、最初にセットリストが一巡するくらいまで、ツイッターの個人アカウントから今回のセレクター近藤が軽く(?)曲紹介をおこなう予定です。万が一、なにか予定が入ってしまったら、できないかもしれませんが(その場合は、申し訳ありません)。


3月21日(木)~3月27日(水)に放送される第20弾は、現在20代なかばのセレクター近藤(とても、そうは見えない:笑)が「小さいころ親によく聴かせられていた曲:ハウス編(テクノもひとつ入ってますが)」という感じで選んだ全10曲。1曲目はインナー・シティ、ラストはオービタル、です。


昨年から今年にかけてのヴィデオは、なし。00年代ものが1曲、90年代ものが3曲、80年代ものが6曲というバランスになっております。


放送日時は以下のとおり。


3/21(木)22:00-24:00 ※初回放送

3/22(金)14:00-16:00 ※再放送(以下同)

3/23(土)18:00-20:00

3/24(日)12:00-14:00

3/25(月)16:00-18:00

3/26(火)9:00-12:00

3/27(水)14:00-16:00


なお、第21弾の初回放送は3月28日(木)22時スタートです。


よろしければ、是非!


2013年3月20日17時21分(HI)

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JAMES BLAKE『Overgrown』.jpg

 ここ最近、音そのもの、声そのものが持つ響きを尊重した音楽に惹かれることが多い。例えば、甘美な歌声の響きを前面に出すため、必要最低限の音だけを選び抜いて鳴らすインクの『No World』がそうだ。


 極論を言えば『No World』は、声のアルバムである。シンプルなリズムも、ミニマルなプロダクションも、すべては孤独感を醸しだすあの甘い歌声のためだけに存在している。そんな『No World』が漂わせるのは、人間味あふれる温もりや情感だったりする。声を極端に際立たせるプロダクションは、バランスを考えれば完璧なプロダクションではないだろう。しかし、そのアンバランスさが、声が孕む人間性を引きずりだす。不完全なプロダクションだからこそ、同じく不完全な生き物である人間の姿を描写できる。そこに聴き手は自身の姿を見いだすのだ。声や音の響きに注意を向けている音楽は、そうさせるための余白を残し、その余白に聴き手の想像力をいざなう巧妙な仕掛けを施している。


 こうした音楽が多くなったのは、やはりジェームズ・ブレイクによる『James Blake』の影響がデカイと思う。このアルバムは、『No World』の雛型と言える音楽を鳴らしているからだ。とはいえ、歌声に多くの加工を施し、送り手の存在感を薄めようと試みた『James Blake』は、声のアルバムではなく、音のアルバムであった。しかし、『Overgrown』におけるジェームズは、声のアルバムを目指したようだ。


 本作を聴いてまず目を引くのは、前作と比べて歌声のエフェクトが減っていることだ。そんな歌声からは、ジェームズ・ブレイクという男のパーソナリティーを垣間見ることができる。もしかすると、《Pitchfork》のインタヴューで語っていた、世間の自身に対するイメージに違和感を抱いていることと無関係ではないのかもしれない。さらに、ブレているジェームズの顔が印象的だった前作のジャケットから一転して、本作ではひとり佇むジェームズの姿を収めたジャケットにしたのも、ひとつのメッセージだと推察できる。つまり本作は、送り手の意識が明確になった、文字通り"ジェームズのアルバム"であるということだ。


 そして、歌声に比重をおいた本作のプロダクションは、肉体性からの解放を狙ったと思われる前作と比較すれば、再獲得の歓びを窺わせるものだ。サウンドも、EPで見られる狂気を抑え、先述の歌声が持つパーソナリティーをより顕在化させるため、黒子のような立ち位置にある(実験を楽しむ遊び心が爆発した「Digital Lion」のような曲もあるが)。


 それはウータン・クランのRZAが参加した「Take A Fall For Me」でも変わらない。むしろこの曲は、RZAがトラックの雰囲気に寄り添うラップを披露していることもあって、声が際立つ本作の重要なエレメントになっている。RZA(それから「Digital Lion」に参加したブライアン・イーノ)をアルバムの世界観に引きずりこめたのは、本作がそれだけ強い引力を持っているということだろう。


 それにしても、本作で見られる再獲得の歓びは何を獲得して湧きあがったのか? 筆者なりに考えてみたのだが、ジェームズが積極的に顔を見せてくれる内容から察するに、本作はエゴを肯定したうえでの人間回帰なのではないか? ゴースト的な前作から肉体的な本作に至ったことを考えれば、あながち的外れではない気がする。それに本作は、「Our Love Comes Back」という名の曲で幕を閉じるのだから(日本盤はボーナス・トラックが最後に収録されている)。



(近藤真弥)



【編集注】『Overgrown』の日本盤は4月10日リリース。


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高橋徹也.jpg

 現今、高橋徹也の動きに注視がじわじわとだが、集まっているような機運を受ける。カタログは廃盤になっているものも多い中、ライヴでの盛況と評価、リクエストで成立したベスト・アルバム『夕暮れ 坂道 島国 惑星地球』、ライヴDVD+CD形式の『The Royal Ten Dollar Gold Piece Inn and Emporium』、そして、この約7年半振りとなるオリジナル・アルバム『大統領夫人と棺』。


 ここで初めて、彼の名前を知る人も多いと察するので、駆け足になるが少し説明を加えておこうと思う。デビューした90年代後半のシーンとは、ようやく日本語でのオルタナティヴ性が芽吹き始めてきた動きがあり、その中でも、高橋徹也というアーティストの存在はある種、特異であり、総てが「早すぎた」といえるかもしれないが、それは後付けの問題で音楽は同時代性、普遍性に常に引き裂かれる。


 96年のデビュー・アルバム『Popular Music Album』での、ザ・スタイル・カウンシル、フリッパーズ・ギター、80年代のソウル・マナーに沿ったポップ・センスが開花した様と端整なヴィジュアル・イメージでより巷間に呈示される何かはあった。先日の京都でのライヴでは、今作から「サマーパレードの思い出」が今の新曲群とまったく違和なく繋がっていたのは興味深かった。


 そのライヴでも行なわれつつ、アルバムにも入っていながら、リ・カットされたマキシ・シングル「真夜中のドライブイン」からオリジナリティは磨かれてゆく。彼のソング・ライティングとしての手腕は確かなものがあるが、バランス感覚の危うさが映えた97年の「チャイナ・カフェ」というマキシ・シングルのジャケットでは彼がスーツ姿で意味もなく、穴を掘っている。MVでも出てくる、生産性なき、意味なき穴掘り。その穴に落ちるのは自身だったともいえるし、穴さえ掘ることが出来たらよかったのかもしれない。そのシングル内には、曲調も、ジャジーでムーディーな「ナイトクラブ」、80年代的な煌びやかなポップ・メイキングに中華風のリズムが撥ねる「チャイナ・カフェ」、ギスギスした骨身のロックンロール「最高の笑顔」、フィッシュマンズ以降のアンビエントを汲んだ「ナイト・フライト」と総花的な音楽語彙が包含されている。なお、クレジットにはサックスで菊地成孔の名前があり、今は亡き、東京スカパラダイスオーケストラのドラマーの青木達之など錚々たるメンバーが名前を連ねていた。


 その後、98年のセカンド・アルバム『夜に生きるもの』はメディア露出含め、或る層にとっては記憶に刻印されている一枚かもしれない。社会属性的にマイノリティと呼ばれる層への目配せ、勝ち負けを抜きに実存としての敗者の美意識。それを「夜」という暗喩下、「生きるもの」として、混乱で視界を変える。ギターロック、ねじれたポップ・ソング、美しいピアノ・バラッド、そして、彼はなぜか"人の住む場所"へ急ぐ、という生物性の再定義を行なう。考えれば、非遺伝情報の水平伝搬における、知覚系多細胞生命体、俗に言われる、動物での現象への、便益を享受する「ヒト」とは、そのまま無防備に捉えるべきなのか、というと、個人的に精緻には違うかもしれないという気がする。そこでの、伝達の逆再生もときには要るからだ。だから、「人の住む場所」、という感覚は腑に落ちるところがある。それでも、この奇妙さは最終的な着地点としてはあくまで"ポップ"な聴後感を残す。例えば、スガシカオ、斉藤和義がときに描くものと、そんなに居る場所は変わらない。


 続く『ベッドタウン』はよりコンセプチュアル「静かさ」が追求されたようなところがある。静かさ、これは、今作の通奏低音として感じる。


《あまりにも静かすぎて気づかない ゆるやかな郊外の人の流れ/さからうことが出来ない僕の 切り離された国 ここはベッドタウン》(「ベッドタウン」)


 02年の『NIGHT & DAY, DAY & NIGHT』内にも「静かになりたい」という曲がある。


《静かになりたいな 頭の先から足の先まで 冷たくなりたいな 眠っているように》(「静かになりたい」)


 00年代も寡黙ながらも、着実に作品をリリースし、ライヴを精力的に行なっていた。目立ったところでは、02年の『NIGHT & DAY, DAY & NIGHT』でのたおやかなメロウネス、04年の『REFLECTIONS』の編み込まれた眩さ、05年の『ある種の熱』。


 彼は、『夜に生きるもの』、『ベッドタウン』という作品群の延長線上にあるのが05年の『ある種の熱』だと言っている。分からないでもなく、当時の作品と共通するいびつな倦怠と不穏なムードが充満している作品だが、その頃より成熟と頽廃的な上品さも感じられる良作だと思う。ジャズ、ダブ、ソウル、アンビエント、ディティールまで凝られた音響工作。美しくも折れそうなメロディーと、か細くセクシャルな声、それらを解体するかのような切っ先の鋭い日本語詩のフレーズ片は今聴いても、色褪せない。


 さて、8枚目となる本作『大統領夫人と棺』では、本人がオフィシャル・ブログにて詳細に語っているので良ければ、参照にして欲しいが、サウンド的にはベースの鹿島達也、ドラムの菅沼雄太、ピアノ、シンセの上田禎という名うてにして彼を知っている方なら馴染みのプレイヤーをベースに、表題曲ではエレピで佐藤友亮が加わった、ほぼ一発録音でレコーディングされている、シンプルにして、装飾がより削ぎ落とされ、行間をむしろ活かしながら、音楽的に澄み切った純度は高まっている。


 例えば、フランスのアルファ・レーベルの諸作、モダン・クラシカルの背景には、録音に拘りながらも、古典への再解釈、現在進行形の再定義、更新をはかっていたところがあったが、今作でも、彼自身が直截的に言及していたジョニ・ミッチェルのみならず、シルヴァン・シャヴォー、キース・ケニフ、ニコラス・ベルニエなどの最近、台頭しているアーティストの共振も感じ取れた。


 彼らは、コンセプチュアルに作品を構成立て、ときに一篇の小説のようなサウンド・タペストリーを描く。ブックレットに「棺」と呼ばれる散文が載せられているが、寓話性が高いながらも、何かしら内相に降りてゆく意味があり、一曲目の崩し気味に歌い始める「ブラックバード」では《静まり返った空の向こう 渡る鳥の群れ》を追う。


 また、今作では、自然の描写がメタファーとしても残るものが多いのも特徴だろう。不穏な空、日没、台風、海流、雪原、紺碧の空、春の風、急な雨、夏の風、そこに君や僕、ときに鳥、コヨーテ、船などが行き交う。過去の「ベッドタウン」、「空と海の間(昼と夜の間)」辺りを彷彿させる曲もある。とくには、中盤の「Key West」、「雪原のコヨーテ」、「不在の海」の連作的なインストゥルメンタルをベースにしたところに、静かさの外縁を俯瞰しているように感じるのもあるのかもしれない。


 表題曲「大統領夫人と棺」は、その中でも異質な熱を醸す。ポエトリーリーディング調に捲し立てられるまるで南米文学のマジック・リアリズム的な詩にアフロ・ポリリズミックなリズムに支えられ、残映が撥ねるもの。


 基本、どこか第三者的な立ち位置、語り部的な場所からの視線が漂う中、最後の「帰り道の途中」ではミクロな"個"に還る。そこでの彼は、こう紡ぐ。


《季節はいつの間にか装いを変えて 人の心さえ変えてしまう 僕はまだ帰り道の途中》(「帰り道の途中」)


 いつでも過ぎゆくものに敏感でいた彼は、今もまだ途中であるのが嬉しい。


(松浦達)

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KINGDOM『VIP Edition』.jpg

 まずはジャケットに目を向けてほしい。まあ、ほとんどの人はクエスチョン・マークを浮かべるかもしれないが、こうしたセンスは、グライムスDSTVVといったポスト・インターネット世代に共通するものだ。ポスト・インターネット世代についてはグライムス『Visions』のレヴューでも書いているが、簡単に言えばポスト・インターネット世代とは、過去/現在/未来、果ては様々なジャンルやカテゴリーを自由に行き来しながら情報を集め、それらを自分なりの文脈で解釈し表現する者達、ということになるだろうか。


 だとすれば、本作のジャケットはポスト・インターネット世代の感性を見事なまでに反映させている。CDJ、スニーカーなどがごちゃ混ぜになったデザインは、容量オーバーのハードディスクが耐えきれなくなり、爆発したようではないか。しかし、その爆発によって多彩な音楽性を伴った本作が生まれた、と解釈できなくもない。そして、「ごちゃ混ぜ」という点では、1997年にコールド・カットがリリースした『Let Us Play !』に通じると思う(ジャケットの感じもなんとなく似ている)。『Let Us Play !』のアートワークにはCGが用いられているし、強引を承知で言えば、コールド・カットの片割れマット・ブラックは、元コンピューター・プログラマーだ。つまり、コンピューターとインターネット。ポスト・インターネット世代の感性にルーツがあるとすれば、コールド・カットはそのルーツのひとつではないか?


 本作はキングダムの未発表曲や、ミックス・テープ・オンリーだった音源などをまとめたレア・トラック集だが、収録されているのは興味深いトラックばかり。ヒップホップやR&Bの要素を取りいれた強烈なベース・チューンもあれば、秀逸なミニマリズムが光る曲もあり、キングダムの巧みな音作りを知るには最適なアルバムだ。さらにはアッシャーの「Appetite」、シアラの「Goodies」といった大ネタを使ったトラックまである。こうした躊躇のなさが、好奇心が肥大しやすいポスト・インターネット世代の面白さだ。



(近藤真弥)

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弧回.jpg

 「こかい...」かな? 僕も初めは読めなかった。よく見ると、孤独の"孤"でも"狐(キツネ)"でもなく、弓状の曲線を意味する"弧"と"回る"という言葉がひとつになっている。弧回と書いて-koe-と読む。なるほど。漢字ならではの視覚的な印象と"こえ=Voice"とも受け取れるその響きにイメージがぐんと広がる。しかも、アルバム・タイトルは『纏ム(まとむ)』だ。コトバに対する生真面目だけれども、しなやかな感性はこのアルバムを手にしたときから伝わってきた。


 弧回の中心メンバーは大島輝之。僕はこのアルバムをex. guitarと名付けられた彼のソロ・ユニットでのライヴ会場で手に入れた。ex. guitarは"元ギター"というその名のとおり、ネックがもげてボディだけになったストラトとエフェクターを使った即興演奏。鍋のフタやらハサミやらマイクロ・スピーカーやらをピックアップにちょこんと乗せると...マイブラも真っ青なフィードバック・ノイズが! 予測不能のスリルとユーモアさえも感じさせるパフォーマンスにぐっと引き込まれた。大島輝之はソロでのエクスペリメンタルなアプローチを始め、大谷能生と植村昌弘とのユニット sim(シム)など数々の活動で知られるギタリストだ。


 物販コーナーで彼自身から「聴きやすいですよ(笑)」と勧められたのが、弧回の1stアルバム『纏ム』だった。「歌ってます!」とのこと。ジャケットを見つめてみる。真夏の暑さに揺れる陽炎のような情景。まるで時間が止まってしまったみたいだ。懐かしさと新しさ、どことなく不穏な静謐。僕が体験していないはずの日本人としての遠い記憶が呼び覚まされる。


 このアルバムの音像にぴったりなジャケット・デザインだと思う。大島の優しげなヴォーカルとアコースティック・ギターを中心に、石橋英子やジム・オルークと活動を共にする波多野敦子のヴァイオリンが豊かなメロディを添える。千葉広樹のコントラバスが翳りのある低音を響かせる。弧回は、この3人で2011年に結成された。そして、ゲスト・ドラマーとして山本達久が全面的に参加。エクスペリメンタル/ノイズという従来の大島輝之のアプローチとは大きくかけ離れたアコースティック・サウンドが新鮮だ。独特のコード感を持つメロディが耳に、心にすっと入り込む。けれども、優しいだけじゃない。不意を突く曲展開に、大島輝之の奔放な実験精神が眠ってはいないと気付かされる。耳をすませば、ノイズは遠雷のように鳴っている。


 少ない言葉で紡がれるアコースティック・ミュージック。後期のガスター・デル・ソルを思わせる遊び心や七尾旅人が『ひきがたり・ものがたり Vol.1 蜂雀』で描いた詩世界にも通じる、どこか夢うつつな日常。2011年3月以降、音楽だけに限っても"聴ける歌と聴けない歌"があることは、決してナイーヴなことじゃないと僕は思う。それほど日常は変わってしまったのだから。エクスペリメンタルにしろ、ノイズにしろ、音そのものだけで突き進んできた大島輝之が選び取った言葉とメロディは、儚くも切実に僕たちの日常に寄り添う。今の日本だからこそ生み出された最良の音楽のひとつ。唯一のカヴァー・ソングがトッド・ラングレンの「I Saw The Light」なのも示唆的だ。どうしようもないこの国、この時代へのラヴ・ソングは、まだ大声で歌われはしない。



(犬飼一郎)

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標題の件ですが、本日14日(木)22時からの初回放送時に多くのトラブルが発見されたため(今もズタボロな状態でストリーミング放送中ですが...)、15日(金)〜20日(水)の再放送は中止とさせていただきます。

21日(木)22時から、あらためて...。

本当に、申し訳ありません...。

続報:3月15日11時41分追記:トラブルの原因は、YouTubeのシステム更新にTV♭側が対応できていなかったことであった...と判明しました。テレヴィジョン・クッキーシーン#19(リミックス・ヴァージョン)の放送は、その解決後となります。初回放送および再放送の日時が確定次第、またお知らせします。申し訳ありませんでした...!

2013年3月14日22時55分(HI)

2013年3月14日

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2013年3月14日更新分レヴューです。

カジヒデキ『Sweet Swedish Winter』
2013年3月14日 更新
INC.『No World』
2013年3月14日 更新
PRURIENT『Through The Window』
2013年3月14日 更新
THE CLOISTERS『The Cloisters』
2013年3月14日 更新

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音楽配信サイトオトトイ傘下TV♭(フラット)で絶賛放送中、テレヴィジョン・クッキーシーン。「最新のものと昔のものを適当に混ぜつつ、時代を超えていい曲(いいミュージック・ヴィデオ)をがんがんかけていく!」というのが基本コンセプトです。


全10曲程度で合計35~55分くらい(昔のLP1枚分くらい)のセット・リストが毎週木曜日22時に更新され、時間枠いっぱいに何度もリピート・ストリーミング放送中!


木曜22時からの初回放送時、最初にセットリストが一巡するくらいまで、ツイッターの個人アカウントからセレクター伊藤が軽く(?)曲紹介をおこなう予定です。万が一、なにか予定が入ってしまったら、できないかもしれませんが(その場合は、申し訳ありません)。


3月14日(木)~3月20日(水)に放送される第19弾は、最近クッキーシーン界隈で...というか先日の伊藤のツイッターTLで(みんな好き! みたいに:笑)話題になっていたライ(Rhye)に始まり、なぜかジョーン・ジェットで終わる全10曲、約38分。


昨年から今年にかけてのヴィデオが4曲、00年代ものと80年代ものと70年代ものが2曲ずつというバランスになっております。


放送日時は以下のとおり。


3/14(木) 22:00-24:00 ※初回放送

3/15(金) 14:00-16:00 ※再放送(以下同)

3/16(土) 18:00-20:00

3/17(日) 12:00-14:00

3/18(月) 16:00-18:00

3/19(火) 9:00-12:00

3/20(水) 14:00-16:00


なお、第20弾の初回放送は3月21日(木)22時スタートです。


よろしければ、是非!


2013年3月14日9時6分(HI)

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