UP DHARMA DOWN『Capacities』(Terno)

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 2008年、タイのバンコクで様々なアーティストによるフリッパーズ・ギターの『Three Cheers For Our Side ~海へ行くつもりじゃなかった』のトリビュート・アルバムが話題になったのも記憶に新しいように、インドネシアのジャカルタではネオアコ系のバンドの音源に多く出くわすことがあったり、東南アジア界隈にて、グランジ、パンク的な音を出すバンドも増えてきてもいるが、中間層と敢えて限定すると、そこの層のネット・リテラシー能力や咀嚼の速さ、奏でる音楽の豊富さには驚かされることがある。まだ、世界的には新興国と称されるものの、その経済成長とともに舶来の音楽や文化がしっかりと絡まりながらも、美学を追求してもいるからだ。


 今回、取り上げるフィリピンのマニラをベースにするUP DHARMA DOWN(アップ・ダーマ・ダウン)は2004年から活動を始めたのもあり、キャリア的には短くなく、世界でも一定の評価も得ているバンドとして、これからますますの飛躍も期待されている。


 メンバーは、ヴォーカルとキーボードを請け負う紅一点のアーミ・ミラー、80年代のUK、ニュー・ウェーヴ的な清冽なギターを響かせるカルロス・タナダ、ベースのポール・ヤップ、ドラムのイアン・メイヤーからなる4ピース。サウンドの特徴としては、プリファブ・スプラウト、ブルー・ナイル辺りのメロウネスとブルー・アイド・ソウルの彩りにエキゾチックな旋律が柔和に結ばれる不思議な質感を持つ。コールドプレイキーンなどのバンドが持つ叙情性、アトモスフィアを包含しているところもある。


 ときに艶めかしいAOR的な振れ幅まで備えながらも、詰め込まれたというよりも、隙間の多い音響工作にギターのノイズ、ベース、ドラム、エレクトロニクスがしなやかに且つシンプルに「引き」を見せる。無論、そこではアーミ・ミラーの歌声の美しさも大きく、シャーデーのような穏やかな包容性もある。


 調べてみるに、バンドのオフィシャルHPではティアーズ・フォー・フィアーズのカート・スミス、ブルー・ナイルのポール・ブキャナン、ノー・マンのティム・バウネス、BBC UKのマーク・コールから賛辞のコメントが寄せられており、もう十二分に認められてもいるのがうかがえ、このサード・フル・アルバム『Capacities』も満を持して、ということになるだろう。


 具体的に、作品に触れていこうと思う。


 9曲というサイズながらも、1曲目の「Turn It Well」のMVでのムードからも伝わってくるものがあるように、前作の『Bipolar』に偏在していたビート主体のものから少しダビーで実験的な要素を孕んだもの、整合性よりも音楽的な語彙を増やそうとしていた様子からは舵を切り、どことなく夜の香りと気怠さがほのかに漂い、コンパクトにかつメロディアスに絞られた印象を受ける。リリックも彼ららしい、淡さとアンニュイさがある。


《Tonight We Stand By The Door / Waiting For Amends / I've Lived All This Time For Love / Tonight You Come》(「Park」)


《I'm So Tired Of Your Innocence》(「Night Drops」)


 なお、触れておかなければならないのはポール・ブキャナンが参加した曲「Feelings」を含めて英語詩だけではなく、「Luna」、「Indak」、「Kulang」、「Tadhana」はタガログ語で歌われているということだろうか。


 タガログ語とは、フィリピンの中で用いられる言語の一つであり、英語とともに当該国で公用語として用いられているものである。スペイン語やマレー語、アラビア語などの影響も受けつつ、発語感は滑らかさがある。語族的には、オーストロネシア語族。台湾、東南アジア、太平洋の島々、マダガスカルまで広がり、言語間の近似性があるために、文法的なものや語彙に関しては配列性を掴めば、理解しやすいものでもある。タガログ語にオリエンタリズム的な色眼鏡は寧ろ必要なく、長い歴史の中で育まれてくまれてきた豊潤さと音韻の合わさり方のスムースさに注視すべきだとも思う。実際、初めてこのアルバムを聴き通しても、分断はさほど感じないだろうとも察する。


 これだけ多くの情報が並列して入ってくる時代になっても、いまだ知らないものばかりだ。限りある想像を越えてゆくように、音楽は多くの国で芽吹き、可能性は溢れていることを教えてくれる一作だと思う。



(松浦達)

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