カジヒデキ『Sweet Swedish Winter』(Blue Boys Club / Awdr / LR2)

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 自分が行ったことのない場所や届かないであろうものを想像するときに、音楽はとても視界を拡げてくれる。例えば、90年代後半のトーレ・ヨハンソンの手掛ける一連の音が僕にはそういったものを支えてくれた一部といえるかもしれない。カーディガンズ、BONNIE PINK、クラウドベリー・ジャム、そして、カジヒデキ。アコースティックな質感を保ち、清涼感と透き通ったポップ・センスが煌めくアレンジメントには、彼の出身地たるスウェーデンに気持ちが運ばれること。


 ストックホルムの景観、そこに根付く文化、間接的にでも映像を通じても伝わってくる静かにあたたかい数々の市井の息吹。また、現地の合唱集を聴いたり、イングマール・ベルイマン、ボー・ウィデルベルイなどの映画監督の作品を集めた特集を映画館で見たり、北欧雑貨や衣装のデザイニングに魅せられたり、多くのところから影響を受けた。


 今回、カジヒデキは「スウェーデンの冬」をコンセプトに作品を上梓したが、彼の重ねてきた長いキャリアでも変わらず、と言おうか、どれだけ時代が速く流れているように見えようが、芯が通っているのは流石だといえる。思えば、近年に夏のイヴェントで観た彼はあの佇まいで97年のヒット曲「ラ・ブーム ~だってMY BOOM IS ME~」を新曲やカバー曲と挟み、歌っていたが、全く不思議な感じはしなかった。


 映画『デトロイト・メタル・シティ』でのフィーチャー、リディム・サウンターとのコラボレーション、また、レビュワーや一音楽愛好家としての側面も昨今の再評価の後景を支えながら、この『Sweet Swedish Winter』はアーティスト、カジヒデキの新作として捉えるだけではなく、ポップ・ミュージックそのものの一瞬に宿るマジカルな躍動が時代など、関係なく収められているのは特筆すべきだろう。


 公式HPのブログでも、《「Sweet Swedish Winter」をもっと深く理解して戴く為に》という記事に本人の意図や想いが綴られているが、まず、出発点は01年の『Café Scandinavia With Love』の続編的なものを作ろうとしたと記されている。01年のその作品は過去曲のリ・アレンジを含めたインストゥルメンタル主体の、当時のカフェ、ラウンジ・ミュージックに呼応したそのタイトルどおり、柔らかく、心地良い音楽集だった。ただ、そこからカフェ文化やその取り巻く状況が多様的になり、コンセプトとして12年前のそれを引き継ぐのではなく、もっと自身の想い出や記憶と結びつけたひとつの作品として呈示できないか、という旨から少しずつ着想が拡がっていったという。


 結果として、"スウェーデンの冬"を巡る10篇の短篇小説集のようなものになっており、風通しのよさとともに、ノスタルジックさも少しは帯びながらも、触れると溶けそうな淡雪のような繊細な音が弾み、今の音が鳴っている。なお、バックをKONCOS、曽我部恵一バンドが支え、多彩な曲調、隙間を活かしたアレンジメントに絶妙なハーモニーやピアノ、エレクトロニクスなどが混ざり、音風景を変える。


 1曲目はこのアルバムの契機になったというフリーホイールの「Sweet Swedish Winter」のカバーで始まる。原曲も美しい佳曲だったが、比すると、カジヒデキの声が乗ることで、別種のものとして生まれ変わっている。ポスト・パンク、ネオアコが自身の根底のスピリッツにあると言うように、曲ごとにアズテック・カメラ、ペイル・ファウンティンズ、トラッシュキャン・シナトラズなどの影が過ぎりつつ、近年のテムズ・ビート・シーン界隈のラリキン・ラヴからヴァンパイア・ウィークエンドまでのセンスも消化されている節もある。そういったいわば、タイムレスなものと、同時代的なセンスを備えた、今作でのグッド・メロディー・メイカー振りはますます冴え渡り、どんな場所、どんな世代の誰でもがふとしたときに聴いても、清冽にして美しい空気が貫かれているのは嬉しい。


 歌詞も鮮やかで、スウェーデンの伝統的なお菓子で、日本でも認知度が高まっているセムラをモティーフにしたものから、これもまた、スウェーデンでは欠かせないサウナ、フレーズ群にも、トラム、いつものコーヒーショップ、カフェラテ、黄色い帽子を買いにいくこと、僕らが一緒に作った歌、と散りばめられている。


 最終曲は、冒頭からベルが鳴りながらも、「99%のクリスマス」と記されているとおり、1%を残す。ただ、その1%によって、スウェーデンの冬、その情景が幻像ではなく、誰もの傍らに感じられるかもしれない。


 カジヒデキは円熟せず、これからも走り続けるだろう、そんなことを感じる力作だと思う。



(松浦達)


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