PAIR『Pair!』(Bright Yellow Bright Orange)

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 音楽とは不思議なもので、10~20年前に聴いていた音楽を再び聴くと、当時の記憶がよみがえる。そこに記憶の美化はなく、そのままの記憶と今の気持ちの同居がある。山田杏奈とLlamaの吉岡哲志のユニット、ペアのファースト・アルバムとなる本作『Pair!』は、そういった聴き手の中でいつまで生き続ける特別な作品になるだろう。紅茶が似合いそうで、南米音楽もアシッド・フォークも取り込んでいる軽やかなポップ・ソング集だけれど、いかにも「様々な音楽要素を詰め込みました!」という声が透けて見えないサウンドはさりげなく、たおやかだ。


 本作での山田杏奈の凛とした歌声と吉岡哲志の淡い歌声は、感情の抑制や昂ぶりを訴えてくるものではなく、平静を保つ歌の美しさを浮かび上がらせ、フルートやスティールパン、トロンボーンなどの音色が歌声に導かれ、自然に歌に寄り添っている。柔らかい音響が効いた楽曲の全てはあっさりと聴き手を包み、漠然としていた気持ちがメロディーに沿いながら膨らんでポジティブな形を帯び始める感覚が浮かぶ。フアナ・モリーナやシー・アンド・ケイクにも通じる滑らかさ。鮮烈で劇的な音はないが、その分、構えずとも耳にするりと入ってくるという、聴き手との距離をなくした音のすべては、幼い子供が笑顔になり、大のおとながふと涙する。そんなやさしさがある。


 ただそれだけではなく、純粋に作品性が高い。京都在住の吉岡哲志と、東京在住の山田杏奈が、データのやり取りで曲も歌詞も均等に創作した本作に、記号としての「東京」「京都」はない。ジャケットに見えるように、どこか奇妙で、朴訥としていながら色彩豊かな架空の場が音の中で柔らかく在る。それは人々の記憶の集積による郊外なのかもしれない。ROVOの勝井祐二や岡部洋一などが参加しているからだろう、すっと引き込まれる別世界のリアリティがあり、いわば聴き手は鑑賞することのみならず、音に気分や気持ちというものを、あけすけになって預けられる。それは音に酔っている自分に酔うこととは違う。どうしようもなく好きな音楽に自分を預けられる包容力が『Pair!』には強くあるからこそ、なのだ。本作に全面参加した益子樹は、そういった余白を作る術に長けている。それはスーパーカーの『Highvision』でも実証済み。


 聴き手が入り込める余白、包容、ということに関して言えば、少し前ならチルウェイヴだったかもしれない。しかし、それらに没頭するのは現実逃避に近かった。本作はそれとは違い、聴き手の気分がそのまま反映され、刻印され、時代を問わない。『Pair!』は「音への心酔」という言葉の解釈を変えてしまう作品だと思う。ツジコノリコ+竹村延和の『East Facing Balcony』のように。


 本作は過去の足跡を見詰めながらも今を呼吸し、今という瞬間を記憶として形にする音楽だ。聴くたびに昨日を思い出す。そうすることで今日のサウンド・トラックとして生き始める。音楽は聴き手の記憶を雄弁に語ることをあらためて示すものであると同時に、今を映すものでもあることを示した一枚。ラストに収録されているキャロル・キングのカヴァー「君の友だち」での懐かしさを感じる音使いが、曲が進むにつれ、ゆっくりと今の音に歩み寄ってくるアレンジが象徴的だ。人は過去があるから今を歩める。そんな声が聞こえる音が小気味よく楽しく鳴っているから嬉しい。



(田中喬史)

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