JAKE BUGG『Jake Bugg』(Mercury / Universal Music)

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 アコースティック・ギターをつまびきながら歌うジェイク・バグという少年の醒めた目つきからは、ジェイクが持つ芯の強さを窺えるが、同時に哀しみも湛えているように見える。そんなジェイクの目つきには、筆者に強い興味を抱かせるのに十分な説得力があった。


 もちろんグッド・メロディーが光る楽曲の素晴らしさは言うまでもない。アニメ『シンプソンズ』の劇中歌として流れた、ドン・マクリーン「Vincent」がキッカケで音楽人生に足を踏みいれたジェイクの音楽性は、よく言われるように、ボブ・ディランやドノヴァン的要素が強いフォーク・ミュージックを土台とするもので、いわゆるプレ・ロックのそれに近い。だが、こうした音楽性を形成するに至ったのは、他にもドン・マクリーンの楽曲を探そうとユーチューブで検索し、その過程でバディー・ホリーなどの音楽史に名を残すシンガーソングライターたちを聴いていたからという、2010年代のアーティストらしいキッカケである。これは、モーニング娘。のmp3を買いあさっていたカインドネス、J-POPやK-POPからの影響を公言しているグライムスと同様の思考回路がジェイクにも備わっていることを示すエピソードだ。


 とはいえ、14歳の頃からギターを弾くようになったジェイクにとって、ギターを手に取ったことは幸運であり、宿命だったのかもしれない。でなければ、ギター・ミュージック以外の要素も混在させたストーン・ローゼズはともかく、頑固なロック信者であるノエル・ギャラガーまでジェイクを猛烈にプッシュすることはなかったはず。ましてや、"ギター・ミュージックは死んでいなかった" "ギター・ミュージック復活"などといった謳い文句と一緒に、メディアが祭りあげることもなかっただろう。まあ、それはそれでいいが、ギター・ミュージック云々に当てはめてジェイクを語ろうとする者の多くは、ジェイクが持つ本質から目を逸らしているのではないかと思ってしまう。


 ではその本質とはなにか。それは、ジェイクが歌うリアリティーに、多くの人が共有できる風景があることだ。もちろんジェイクはイギリスに住む若者だし、日本に住む筆者とは違う文化のもとで生活してきた。歌っていることも、ジェイクにとってパーソナルな事柄がほとんどであり、巧妙に隠されているとはいえ、階層があるにもかかわらず階層意識を持たない日本人からしたら、下層階級から見た日常を描いたジェイクの歌に心の底から感情移入できるはずがないのだ(例えば、2011年に起きたイギリス暴動を"対岸の火事"として捉える人がほとんどだったように)。


 それでも筆者は、ジェイクの歌に、例えばdaokoといった日本の10代による音楽と共通する"ナニカ"を見いだしてしまう。このふたりには"リアリティー"という共通点がある。しかし、その他にもうひとつ、共通点を見つけるならば、それぞれにとっての"リアリティー"を見つめた結果、どうしても拭いきれない疑問や冷たい現実と向きあうことになってしまったということだろう。そして、この拭いきれない疑問や冷たい現実をもたらす主因は、実は同じものではないか。そんな考えを、切実度が高いジェイクの歌を聴くと巡らしてしまうし、だからこそ、多くの人がジェイクの歌に引き寄せられる。


 「Two Fingers」を聴けばわかるように、ジェイクは"生きるための音楽"を鳴らしているが、そういった意味でジェイクの歌は日常に根ざしたものだと言えるし、"音楽は音楽"と切り離したがる考えとは相容れないものだ。しかし、そんな音楽を鳴らす少年に多くの人が惹かれ、極東の島国に住む我々にも突き刺さり、覚醒を促しているというのは事実なのだ。この事実は、絶対に見過ごすべきではない。



(近藤真弥)

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