BROADCAST『Berberian Sound Studio』(Warp / Beat)

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 2010年に発行された平倉圭氏の『ゴダール的方法』での解釈論や示唆した内容は興味深い部分があったと思う。全体を通読すると粗さも感じたが、再帰と意図を逸れた連結、映像と音楽のズレと「間」に潜む生成文法、そこでの文法が輻射するイメージの破片は寧ろ類似と揺らぎの中で、不明瞭な知覚の緊張と受苦を感じさせること。そういう文脈で考える導線を敷けば、視角はときに変わり得ると思うからだ。


 もはや老舗になったUKのレーベル《Warp》に属するアーティスト、例えば、エイフェックス・ツイン、オウテカ、スクエアプッシャー、クラーク、プレフューズ73などの一時期の作風、敢えて90年代後半から00年代半ばと区切ってもいいだろうか、そこで展開されたIDM、エレクトロニカをベースに同期から目まぐるしく非・同期性を帯び、畳み掛けられる音像には一種の「受苦」と聴覚の幅を広げてゆく、そんな背反的な快感が併存していた。


 その中でも、ブロードキャストは甘美にして不穏の漂うサイケデリアを基軸に、エレクトロニクスとノイズ、そして、トリッシュ・キーナンのアンニュイで、ニコやフランソワーズ・アルディを彷彿とさせる無比なボーカルが狭間で振れる心地良さがあった。そして、音そのものの解像度が静かに歪んでゆくような不安は特有のものが包含されており、ときにモンド的に、スペーシーに、スウィートなメロディーを主にしたポップネスまで自在に、実験性と前衛性を跨ぎながらも、難解さを迂回する柔和で捻じれたサウンドが研磨されてゆく過程は常に興味深かった。バンド体制であった当初からその後はメンバーが減り、トリッシュとマルチ・インストゥルメンタリストのジェイムズ・カーギルのデュオとしてプロジェクト名のような体裁になっていたが、トリッシュは周知のように、2011年に42歳の若さで亡くなってしまう。


 その彼女の死へは多くのミュージシャンから哀悼の意を寄せられ、いまだにミュージシャンズ・ミュージシャンとしてブロードキャストは不世出の存在であるともいえるが、この『Berberian Sound Studio』はピーター・ストリックランドの同名映画内の劇中映画「The Equestrian Vortex」用として当初は作られながら、結果的には全体に使われるサウンドトラックであり、全39曲というヴォリュームで短尺のものも多いが、手触りとしては彼らのオリジナル・アルバムとしても捉えられる音響美が存分に内包されている。また、トリッシュの生前に作られたブロードキャストとしての作品の意味も大きい。


 スペーシーなシンセ、劇中の会話の加工、アンビエンス、細かく行き交う電子音の粒子、ドローン、サイケデリア、ダヴ、グリッチ、ノイズ、賛美歌のようなドリーミーな旋律、仄かに浮かぶトリッシュの声までが渾然一体となって、映画そのものを見るように、一つのコンセプチュアルなアルバムとして捉えることができるような、そんな充実した内容になっている。メロウながらも危うい彼岸を思わせるサウンドは、昨今のチルウェイヴやアンビエントの揺蕩いとは一線を隔て、彼らのこれまでの来歴と轍を今の温度に刻む確かな何かがあり、独自の文法生成からのイメージの断片群が類似と揺らぎを聴き手に訴求する。


 例えば、フィルム片が切り取られたあとの無音映画に混じる外在する雑音、その片を集めた非・連結な内在する緊張の音そのものが立ちのぼる瞬間も含めて、もしも、この作品を通じてブロードキャストという名前を初めて知ったならば、また、久しぶりに名前を聞いたとしたならば、過去のカタログも是非、巡って欲しいとも思う。


 彼らの蒔いた種は世界に確実に伝承されているのを感じる、芳醇な作品になっている。



(松浦達) 


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