AUTECHRE『Exai』(Warp / Beat)

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 初めて、オウテカのライヴで踊ったとき、いわゆる、音色からなる楽理から身体性が逸脱し、恐慌的になる感じがとても心地良かった。


 体系化されず、ズレと分散、圧度が内在化される強い音のしなりが暗闇の中で認識できる音を越えて、一回性の非限定性に痺れる感覚とでも言おうか、具体性ではない抽象性の連関から零れる電子音とストイックで彫像的なフォルム、そこには例えば、エイフェックス・ツインのライヴで感じる痙攣的な悪寒と快楽は違う、重厚な感覚への刺激があった。


 2010年の『Oversteps』はそう考えると、彼らのスタイルがある種、確立もされており、音から浮かぶ行間、映像、独特の美学はオウテカ以外の何物でもない、そんなアンチ・メロディアス、硬度だけが高められた色味から、この新作『Exai』での2枚組、2時間を超える作品への架橋はどう捉えられるのだろうか。演繹して考えてみるに、これまでの軌跡をなぞりながらも、「混種」を思わせるとも感じられた。混種とは、アンドレ・ブルトンがアーシル・ゴーキーに関して語ったエクリチュール、つまりは、抽象内に具象がウロボロスの蛇のように喰い合いながら、そのフレームを敢えての物質主義的に表象してみせているような、そんな変拍子と奇妙なサウンド・レイヤーに彩られた無数の電子音が安易な出口を堰き止めている印象を受ける。


 周囲からのもっともらしい意味付けを拒否するような曲名群、「prac-f」、「vekoS」、「deco Loc」もこれまで通り「らしい」が、"アンティルテッド"にしない分だけといおうか、じわじわと原基配列の妙を指す意味と意味を抜ける不規則にして尖ったデザイニングを見せる音響は融和してもいる。


 今作は1枚目と、2枚目の明確な区分はあるようでないかもしれないが、1枚目は既存のオウテカ像を更新してゆくような要素も孕みつつ、2枚目は前衛性がより極められている感触も受ける。10分を越える曲もそれぞれにある。それでも、全体を通じて散らかったイメージをもたらせず、何度も繰り返して聴きたくなるのは彼らが常に通底している空気そのものの振動、と抽象的時間の構造を内破してゆくような思考の外部に「音」/「楽」があり、その様は例えば、ピエール・シェフェールの『音響オブジェのソルフェージュ』で展開される半ばの聴取者への放棄を奪回せしめる固有性を持っているともいえるからかもしれない。


 IDM、エレクトロニカ、ビート・ミュージックのカテゴリー名を軽く抜けて、オウテカという固有名がなぞられた充実作をこうして出す行為性そのものが美しく、ヘッド・ミュージックとしても最高度のヘドニズムを訴求する。



(松浦達)



【編集部注】『Exai』は2月27日リリース予定。

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