REGINA SPEKTOR『What We Saw From The Cheap Seats』(Sire / WB)

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 ロシア出身、現在はアメリカを拠点に活動するシンガー・ソングライター、レジーナ・スペクターに駄作なし。彼女が作品を発表するたびに「相変わらずの傑作」の声があがる。それもそのはず、彼女には100曲以上のストックがあるとのこと。アルバムのコンセプトに沿って曲をアレンジし、自分の気分に沿って思うままに歌い、ピアノを鳴らす。どの曲もハズレがない。では、本作『What We Saw From The Cheap Seats』のコンセプトやレジーナの気分は何なのかというと、自分自身との向き合い、だと思う。


 前々作『Begin To Hope』と前作『Far』はレーベルの違いもあるのだろうが、整った作品だった。それはそれで良かった。特に『Begin To Hope』は今も愛聴している。ただ、前作、前々作に比べれば、本作には装飾された音がなく、レジーナの素が出ている。つまり、荒さがある。狂気と美は紙一重とは言われるが、その境目を彼女は綱渡りしているかのようだ。


 時として彼女は狂気に似た苦みを歌う。ヒステリックなギター・サウンドやヒューマン・ビートボックス、ノイズ、おぞましいほどのうめき声を交え、しかし、それでも平静でいようと、ポップでありたいと、願うような歌がある。だが平静ではいられないという葛藤。音色にはざらついた感触もあり、葛藤という、自己と向き合うことで生まれるダイナミックなグルーヴから目をそらせない。


 ある意味、歌うことで自分を救っているところがあると思うのだが、レジーナの凄いところは自分自身との向き合いというものを、自己相対化の目で軽やかなポップ・ソングにしてしまえることだ。ピアノの静謐な音色やトランペットの柔らかい音色はそれゆえ。彼女は自身の苦みをも美と見立てる。彼女が生み出す美に聴き手は乱れるが、しかし、親しみやすいという不思議。水中をさ迷う「All The Rowboats」のMVが印象的だ。「Don't Leave Me(Ne Me Quitte Pas)」と聴き比べてみるとポップ性において物凄い落差があり、これは人間の感情そのものじゃないかと思えてくる。


 そう思わせるのは、彼女のリアリティと僕らのリアリティが繋がっているから生じている。いつだって人の情緒は不安定にぶれている。いつ歪んでもおかしくない日常の中に僕らはいる。この作品は僕らの気分そのものであり、現実だ。聴いていると、まるで事故に出会ってしまったかのように胸が締め付けられてしまう、とてもポップな音楽なのに。『What We Saw From The Cheap Seats』が鳴り止んだその時は、自分がどこにいるのか分からなくなった。ここには圧倒的なリアリティが宿っている。本作は「相変わらずの傑作」ではない。「見違えるほどの傑作」だ。


 誤解を恐れず言えば、おそらく、本作に心の底から揺さぶられるリスナーは何かを失った人々だと思う。そして、自立を望んでいる人々だと思う。音楽には、部屋の隅でうつむいている人々を動かす力があり、人を立ち上がらせる。この原稿を書いている時点では、政治の話題が盛んに交わされているところだ。どういうわけか、本作によって動かされる気持ちとは、今の国民の気持ちとリンクする。今、立ち上がらなくていつ立ち上がるのかと。そんな凄みのある本作が、拡大解釈されがちな「希望」の文字を、「目標」の文字に塗り替える。



(田中喬史)

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