December 2012アーカイブ

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音楽配信サイトオトトイ傘下TV♭(フラット)で絶賛放送中、テレヴィジョン・クッキーシーン。最新のものを中心に、それらとつながる形で、時代にとらわれず(時代を超えて)いい曲(いいミュージック・ヴィデオ)を、がんがんかけていく...というのがコンセプトです。


約50分~1時間のセット・リストが毎週木曜日22時に更新され、時間枠いっぱいに何度もリピート・ストリーミング放送中!


また、初回放送時、最初にセットリストが一巡するまで、セレクター伊藤がツイッターの個人アカウントから軽く(?)曲紹介をおこないます。


12月13日(木)~12月19日(水)に放送される第8弾セットリストは、日本ではいまいち盛りあがっていない(というか邦盤出てない? わからない...)けれど本国UKでは2012年のトップ新人バンドのひとつに数えられているドライ・ザ・リヴァーに始まって、フレンドリー・ファイアーズの新曲...「(たぶん)誰もが知ってるバンドのメンバーたちが絡んだユニットの曲」のカヴァーで終わる、全14曲。そのふたつを含む7曲が2012年のもの、2010年のものと00年代のものと90年代のものが1曲づつ、80年代と70年代のものが2曲づつ、となってます。


TV♭のデザインも大幅リニューアル! 未見の方は、この機会に是非!


放送日時は以下のとおりです。


2012年12月13日(木) 22:00-24:00 ※初回放送

2012年12月14日(金) 12:00-14:00 ※再放送

2012年12月15日(土) 14:00-17:30 ※再放送

2012年12月16日(日) 18:00-20:00 ※再放送

2012年12月17日(月) 16:00-17:30 ※再放送

2012年12月18日(火) 9:00-12:00 ※再放送

2012年12月19日(水) 19:00-21:00 ※再放送


なお、第9弾の初回放送は12月20日(木)22時スタートです。


よろしければ、是非!


2012年12月13日10時3839分(HI)

2012年12月10日

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2012年12月10日更新分レヴューです。

MAGIC TOUCH + SAPPHIRE SLOWS「Just Wanna Feel」
2012年12月10日 更新
SEAPONY『Falling』
2012年12月10日 更新
tricot「バキューンEP」
2012年12月10日 更新
山田杏奈『カラフル』
2012年12月10日 更新

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 ロシア出身、現在はアメリカを拠点に活動するシンガー・ソングライター、レジーナ・スペクターに駄作なし。彼女が作品を発表するたびに「相変わらずの傑作」の声があがる。それもそのはず、彼女には100曲以上のストックがあるとのこと。アルバムのコンセプトに沿って曲をアレンジし、自分の気分に沿って思うままに歌い、ピアノを鳴らす。どの曲もハズレがない。では、本作『What We Saw From The Cheap Seats』のコンセプトやレジーナの気分は何なのかというと、自分自身との向き合い、だと思う。


 前々作『Begin To Hope』と前作『Far』はレーベルの違いもあるのだろうが、整った作品だった。それはそれで良かった。特に『Begin To Hope』は今も愛聴している。ただ、前作、前々作に比べれば、本作には装飾された音がなく、レジーナの素が出ている。つまり、荒さがある。狂気と美は紙一重とは言われるが、その境目を彼女は綱渡りしているかのようだ。


 時として彼女は狂気に似た苦みを歌う。ヒステリックなギター・サウンドやヒューマン・ビートボックス、ノイズ、おぞましいほどのうめき声を交え、しかし、それでも平静でいようと、ポップでありたいと、願うような歌がある。だが平静ではいられないという葛藤。音色にはざらついた感触もあり、葛藤という、自己と向き合うことで生まれるダイナミックなグルーヴから目をそらせない。


 ある意味、歌うことで自分を救っているところがあると思うのだが、レジーナの凄いところは自分自身との向き合いというものを、自己相対化の目で軽やかなポップ・ソングにしてしまえることだ。ピアノの静謐な音色やトランペットの柔らかい音色はそれゆえ。彼女は自身の苦みをも美と見立てる。彼女が生み出す美に聴き手は乱れるが、しかし、親しみやすいという不思議。水中をさ迷う「All The Rowboats」のMVが印象的だ。「Don't Leave Me(Ne Me Quitte Pas)」と聴き比べてみるとポップ性において物凄い落差があり、これは人間の感情そのものじゃないかと思えてくる。


 そう思わせるのは、彼女のリアリティと僕らのリアリティが繋がっているから生じている。いつだって人の情緒は不安定にぶれている。いつ歪んでもおかしくない日常の中に僕らはいる。この作品は僕らの気分そのものであり、現実だ。聴いていると、まるで事故に出会ってしまったかのように胸が締め付けられてしまう、とてもポップな音楽なのに。『What We Saw From The Cheap Seats』が鳴り止んだその時は、自分がどこにいるのか分からなくなった。ここには圧倒的なリアリティが宿っている。本作は「相変わらずの傑作」ではない。「見違えるほどの傑作」だ。


 誤解を恐れず言えば、おそらく、本作に心の底から揺さぶられるリスナーは何かを失った人々だと思う。そして、自立を望んでいる人々だと思う。音楽には、部屋の隅でうつむいている人々を動かす力があり、人を立ち上がらせる。この原稿を書いている時点では、政治の話題が盛んに交わされているところだ。どういうわけか、本作によって動かされる気持ちとは、今の国民の気持ちとリンクする。今、立ち上がらなくていつ立ち上がるのかと。そんな凄みのある本作が、拡大解釈されがちな「希望」の文字を、「目標」の文字に塗り替える。



(田中喬史)

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 2004年にリリースされた『The Holy Bible』の10周年スペシャル・エディションに長文を寄稿したキース・キャメロンは、その長文のなかではっきりとこう書いている。


 「私にとってマニックスは、世界中でもっとも偉大なロックンロール・バンドでも、私とは折りが合わない虫の好かないロックンロール・バンドでもない」


 そして本作、『Generation Terrorists 20th Anniverasary Edition』に、これまた長文を寄稿したサイモン・プライス。彼はウェールズ出身のジャーナリストで、マニック・ストリート・プリーチャーズに関するバイオグラフィー『Everything : A Book About Manic Street Preachers』の著者だが、その彼ですら、『Generation Terrorists』については「博物館に収蔵されるに相応しい作品でもない」と述べている。しかし両者とも、マニックスに対する情熱と好奇心はとてつもないものがあり、それはふたりの文章からも伝わってくる。そう、マニックスは、聴き手を"シニカルの箱庭"から連れだすバンド、つまり、安易な共感や馴れあいを拒絶する者たちなのだ。この姿勢をマニックスは今でも保ちつづけ、多くのファンは、そんなマニックスを愛している。


 オリジナルに最新リマスターを施したCD1、そのオリジナルのデモが収録されたCD2、そしてジェームズ、ニッキー、ショーンのメンバー3人だけでなく、彼らの関係者も貴重な証言を寄せているドキュメンタリー『Culture, Alienation, Boredom And Despair - A Film About "Generation Terrorists"』などを収めた映像集のDVDで構成される本作は、マニックスが愛される理由と本質を明確に示すものになった。特に『Culture, Alienation, Boredom And Despair - A Film About "Generation Terrorists"』は、目から鱗の新しい発見がたくさんあり、制作時の心境や状況、レコーディング秘話などから見えてくる様々な側面は、マニックスを再考察するための刺激で満ちあふれている。


 それは、かつてマニックスが口にした有名な宣言、「30曲入りの2枚組アルバムを1枚だけ作り、それを世界中でNo.1にして俺達は解散する。」「上手くいかなかったらその時も解散だ。」というハッタリ(彼らが今も第一線で活躍していることからもそれは明らか)すらも、マニックスの行動パターンを読み解く言葉として咀嚼しようと試みた者がいたからだし、マニックスがバンド生命を現在まで維持してこれたのも、そうした者たちの支えによるところが大きいのではないか。まあ、それ以外の者たちは、ギターの腕前が一向に上達しないギタリストをセヴァーン橋(イングランドとウェールズの境を流れるセヴァーン川に架かる橋。自殺の名所として知られている)に導いたことで鬱憤を晴らせたのかもしれないが・・・。


 とはいえ、様々な挫折や矛盾を抱えてもマニックスの輝きが失われることはなく、そしてその輝きの礎となる要素は、『Generation Terrorists』の時点で形作られている。ジェージ・オーウェル、カミュ、ウィリアム・バロウズなどの言葉を引用し、スローガンが書かれたシャツを戦闘服の如く身にまとう攻撃性はもちろんのこと、ビーチ・ボーイズやディスコを取りいれた『Know Your Enemy』で見られる折衷的センスは、パンク、ハード・ロック、バラード、さらにはヒップホップにまで手を伸ばした本作でも見られる。


 変化を恐れず、向上心を持って活動してきたマニックスは決してスマートではないが、泥臭くとも、聴き手の心を揺さぶりつづけてきた。だからこそ彼らは、常にコミュニケーションを求めてきたし、そのためならばリスクも厭わなかった。そのせいで批判を受け、結果的にリッチー・エドワーズという犠牲を払うことになってしまったが、それでもマニックスの音楽には、目の前の日常と向きあう際のヒントがたくさんある。そして、日常の元となる社会から距離を置く者が多くなった現状では、そのヒントが重要な意味を帯びている。


 そういえばリッチーは、テレビ番組のインタビューでこんなことを言っていた。


 「昔良かったから今も良くなくちゃいけないという考えは間違ってるよ。むしろザ・スミスのように、いかに自分達の文化がダメになっているかを歌う方が正しいんじゃないかな。世の中が変わっていくことを受けとめなくちゃダメさ」


 本当にその通りだと思う。




(近藤真弥)

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 大きな成功を収めてきたインディー・レーベルはそのレーベル特有のカラーを持っていることが多く、そのカラーはレーベルに関わる人間たちやその設備によって規定される。《モータウン》ならばソングライター・チーム、ホーランド=ドジャー=ホーランドが書いた楽曲をファンク・ブラザーズが演奏することで生まれる「モータウン・サウンド」、ジャズの老舗レーベル《ブルーノート》ならばアルフレッド・ライオンによるプロデュース、ルディ・ヴァン・ゲルダーの録音技術、フランシス・ウルフによる写真、リード・マイルスによるレコード・ジャケットなどのチームワークである。他にも《4AD》での設立者アイヴォ・ワッツ=ラッセルとデザイナーチーム23 Envelopeのコンビネーションや、《ファクトリー》におけるハシエンダなど枚挙に暇がない。


 2006年にジェレミー・アール(ウッズ)によって設立されたインディー・レーベル《Woodsist》のレーベル・カラーとして挙げられるのは、レーベルのハウス・スタジオとなっているリア・ハウス・スタジオである。このスタジオは元々ジェレミー・アールも在籍していたミネガーのメンバーたちが住んでいた家で、そこに録音機材などを持ち込むことで、住居兼レコーディング・スタジオとなった建物だ。日々の生活と共存している状態でレコーディングが行われており(ギタリストが料理を作っている最中に、ドラマーが録音をしているといったことが日常茶飯事だ)、ミュージシャンたちは非常にリラックスした環境でレコーディングができるようになっている。粗く、ざらついてはいるが同時に暖かみのあるリア・ハウス・スタジオ・サウンドはホーム・レコーディングの一つの粋と言っても良いだろう。このサウンドの暖かみは、同じローファイと呼ばれるバンドでも、例えばぺイヴメントなどのクールでざらついた音の粗さの対局をいくものだ。また、このスタジオの運営者であり、リアル・エステイトやブランク・ドッグス、ヴィヴィアン・ガールズ、ウィドウスピークのプロデュースもしている現ウッズのドラマー、ジャーヴィス・タヴェニエルは、「全てのプロセスは常にラモーンズのレコードとの対話から始まる」(ALTERED ZONES)という発言をしている。本稿で紹介するザ・ベイビーズを聴けば非常に良くわかるのだが、このリア・ハウス・スタジオ・サウンドの思想背景の一つにラモーンズのサウンドがあるということに疑いの余地はない。


 このように、ある意味では極めて伝統的なローファイ・ミュージックの系譜をなぞりながら佳作を産み出し続ける《Woodsist》レーベルは、ジャンルの名前が生まれては消えてゆくあまりにも移り変わりが早すぎるアメリカのミュージック・シーンの中で異彩を放っており、それはこのレーベルに在籍しているヴィヴィアン・ガールズ、ウッズ、ノジーやレーベルから巣立っていったリアル・エステイト、ウェーヴス(Wavves)、カート・ヴァイルという名前たちがそれを証明している。


 ザ・ベイビーズはこのレーベルの看板バンドであるウッズのベーシスト、ケビン・モービーとヴィヴィアン・ガールズのギタリスト、キャシー・ラモーンが中心となって結成したバンドである。フォーク/カントリーをベースとしながらエクスペリメンタルなサイケデリアを奏でるウッズとチルウェイヴ以降のアメリカのミュージックシーンの影響を多大に受けながら、ひねくれたガレージ・ポップを鳴らすヴィヴィアン・ガールズの子供はどんな音楽を響かせているかというと、先ほど述べたようなリア・ハウス・スタジオ・サウンドの極致と言ってもよいような温かみのあるアナログなサウンドで(ザ・ベイビーズの1st、2nd共にこのスタジオでレコーディングされている)、そこにグッド・メロディがこれでもかというくらいに凝縮されたガレージ・ミュージックだった。1stアルバム『Babies』で響かせたその音にはラモーンズだけではなく、13thフロア・エレベーターズ風のサイケデリアが漂っており、またローファイ・ミュージックについて言及する際にしばしば持ち出される『C86』(1986年にNMEがリリースしたカセット・コンピ)にも似た、楽しげではあるがどこか儚いギター・ポップに満ちていて、一口にガレージ・ミュージックと言ってもそこには様々な文脈が予め織り込まれており聴けば聴くほどにその魅力にひかれていく。


 彼らにとっての2ndアルバム『Our House On The Hill』をまず一聴して感じるのは前作と比してクリアになったそのサウンドだ。これはおそらくプロデューサーが前作を担当していたジャーヴィス・タヴェニエルからロブ・バーバト(キャス・マコモスのバック・バンドでもあるダーカー・マイ・ラヴのメンバーであり、ザ・フォールにも一時在籍。ラ・セラのプロデュースもしている)に代わったことが大きな要因だろう。バンドの音楽性に大きな変化は見られないが、前作よりも遥かにサウンドにメリハリが出て、アレンジも丹念に練られているという印象を得た。ザ・ベイビーズの最大の良さであるメロディーが前面に出るような彼のプロデューシングがこのアルバムを素晴らしいものにしたことは間違いない。キャシー・ラモーンがヴォーカルを担当している「Baby」「See The Country」を聴けばそれが本当によくわかる。柔らかに叩かれるドラムスの上で鳴らされるざらついたギターに、キャシー・ラモーンのどこかたどたどしいヴォーカルが乗ることで立ち上がってくる官能的なサウンドに思わず背筋がぞっとしてしまう。文字にするとこれほどまでに単純だが、そこに感動を宿らせるのがローファイ・ミュージックであり、時間だけは持て余した、しかしそれ以外は何も持っていない者たちが発明した音楽の美しさなのだろう。ケビン・モービーが弾き語る「That Boy」のため息のような、先ほど思いついたメロディをなんとなく歌ってみたような彼のヴォーカルを聴くと、その認識は決して間違いではないように感じる。


 先日発売された『モンチコンのインディー・ロック・グラフティ』に載っているジェレミー・アールへのインタビューによると《Woodsist》レーベルの経営は昨今の音楽業界の不況の影響をそれほど受けず、「そこそこ大丈夫」であり、彼は音楽に関する仕事のみで生活してゆくことが可能となっているような状態のようだ。このレーベルから、リア・ハウス・スタジオから生まれる音楽を求めるリスナーがそれだけ多く存在していることを喜ぶと同時に、さらにたくさんの人々に届くことを願ってやまない。



(八木皓平)

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 ヘヴィーな世界観を構築する音像のなかで、透き通った力強い歌声がドラマティックに響きわたる。瑞葵(ヴォーカル)、馬場義也(ベース)、久慈陽一朗(ギター)、吉田大祐(ドラム)の4人によるバンド、イツエはそんな音楽を鳴らしている。


 ファースト・ミニ・アルバム「いくつもの絵」が大きな話題を集め、その後の全国ツアーではライヴ・アクトとしての力量も見せるなど、着実に評価を得てきたイツエだが、疾走感あふれるグルーヴ、聴き手の心を捉えるまっすぐな言葉といった従来の魅力を深化させた本作は、その評価をさらに高め、より多くの人にイツエの音楽を届けるキッカケとなるのではないだろうか。


 特に興味深いのは、速射砲のように次々と放たれる言葉だ。波の音で始まる「海へ還る」や、《土に帰る》というフレーズが出てくる「はじまりの呼吸」、そして全4曲とも"巡り"のイメージを聴き手に抱かせるあたりは、古代中国に端を発する自然哲学の五行思想を想起させる。しかし言葉は、難解ではない美しいものが並んでおり、その抽象度も手伝って、聴き手の感情移入を誘発する。トゲトゲしさと同時に温かい包容力があるのも面白い。


 サウンド面で惹かれたのは、「はじまりの呼吸」。表現者としての葛藤を歌ったと思われる歌詞も秀逸だが、ニュー・ウェイヴやポスト・パンク的サウンドが印象的なこの曲は、本作中においては爽やかとも言える曲となっていて、イツエの優れたメロディー・センスが如実に表れた曲だと思う。筆者には、マニック・ストリート・プリーチャーズ『The Holy Bible』に収められてもおかしくないように聞こえた。もちろんリッチー・エドワーズばりの強迫的閉所感はないものの、心情が素直に表れている点などで、『The Holy Bible』と共通する"ナニカ"を見いだしてしまった。


 とはいえ、イツエが描きだす世界観は借り物ではなく、イツエにしか鳴らせない音楽を生みだそうとする4人全員の熱意も本作からは伝わってくる。そういう意味では流行に迎合するバンドじゃないけど、それでいいと思う。



(近藤真弥)

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 本稿の主役であるDSTVV「Molly Soda EP」についてだが、バンド自体はもちろんのこと、音源リリースに至った経緯も謎だらけ。わかっているのは、シカゴ在住のザイン・カーティスなる男が主宰するレーベル《Teen Witch Fan Club》にとって本作がリリース第1弾であること。そしてDSTVVとは、サンフランシスコ出身の男女デュオで、ふたりの音楽はインダストリアル・グランジゲイズと呼ばれていること。それから、タンブラー(Tumblr)というメディア・ミックス・ブログ・サービスを使った活動が話題になっていることくらい。


 インダストリアル・グランジゲイズという名の通り、初期衝動であふれたノイズを力いっぱい鳴らしているのがDSTVVの特徴だ。一聴した瞬間はスレイ・ベルズを想起したけれど、聴きすすめるうちに、その歌声とヴォーカル・スタイルも手伝って、ソニック・ユースから脈々と続くUSオルタナの最良な要素も見えてきた。メタリックな質感はあるものの、"インダストリアル"と聞いてイメージする音ではないのが、正直なところ。しかし、猪突猛進の如く突っ走るグルーヴは、音を鳴らすことの快楽を見事に体現している。まあ、展開のヴァリエーションはもう少し増やしたほうが面白いとは思うけど。


 本作に収録された曲群のタイトルも興味深いものとなっている。「Ariel's a Punk」「Do Skateboards Take Wavves」など、昨今のポップ・ミュージック・シーンで活躍するアーティストを引用しているが、そのなかでも特に目を引くのは、本作のタイトルにもなっている「Molly Soda」だ。モリー・ソーダ(Molly Soda)は、タンブラーを使った活動で話題を集める女の子で、ブルックリン発の人気ストリート・ブラント《Mishka》にピックアップされるなど、ネット上だけに留まらないアイコンとして注目されている。DSTVVの他にも、ネット時代が生みだしたヒップホップ集団、同性戦隊ディオールレンジャーがモリー・ソーダをネタにしていることからも、彼女に対する注目度の高さがわかる。


 本作はタンブラーを中心としたネット・カルチャーの産物と言えるが、このカルチャーは基本的にネットを通して繋がることで大きくなっているため、その全容を把握し説明するのは難易度の高い行為と言わざるをえない。本作をリリースする《Teen Witch Fan Club》周辺で言えば、ティーン・ウィッチ(ザイン・カーティスがDJをする際に使用する名義)としてザイン・カーティスがベルリンのメディア《Electronic Beats》で取りあげられ、それをキッカケにヨーロッパでも《Teen Witch Fan Club》の名は知られるようになり、このことがおそらく、ロンドン在住のキール・ハー(この人もタンブラーがキッカケで注目されたアーティスト)が本作に参加するキッカケになったと思うのだけど、このような人脈は底なしの様相を呈している。


 さらに《Teen Witch Fan Club》周辺の特徴として、過去と現在の折衷を目指していることがあげられる。ほとんどの音源はカセット・リリースであり(本作もカセット・リリース)、ザイン・カーティスが中心となって発行され、コミュニケーション・ツールとして人気を集める《Teen Witch Magazine》というジンは、約50ページの紙媒体だ。タンブラーで繋がり集まった者たちが過去のフォーマットを掬いあげているのはなんとも興味深いし、面白いのは、そこに消費主義に対する徹底した憎悪や怒りがないこと。むしろ使える部分だけを抽出して、積極的に取りこもうとすらしている。


 ちなみに《Teen Witch Magazine》は、日本でもおなじみ初音ミクや、タンブラーで披露するファッション・コーディネイトが支持されているジェイミー・ライアン・ディーというゲイの若者をフィーチャーするなど、文化的ハブの役割を担っているようだ。アメリカのティーン向けアイドル雑誌として知られる《Tiger Beat》へのオマージュが随所で見られ、荒いテクスチャマッピングの3DCGを前面に押しだしたヴィジュアルでイナタい雰囲気を演出し、それを面白がっている節がある。


 ここまで書いてきたことから見えてくるのは、自己同一化を求められる共犯と、気に入らないものに対する剥きだしの抵抗といった二元論では捉えきれない"繋がり"だ。それは図らずも、あらゆるカルチャーが共生する場を作りあげ、本作もその場を形成するひとつの側面かつ入口となっているが、筆者はこの新たな"繋がり"に興奮を覚えずにはいられない。そしてその"繋がり"は、グライムス《Pitchfork Music Festival》におけるライヴでモリー・ソーダをダンサーとして出演させたように、どんどん広がりを見せている。この新手のネット・カルチャーが、多くの人の目に触れる日は近いのかもしれない。




(近藤真弥)

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音楽配信サイト、オトトイ傘下TV♭(フラット)で絶賛放送中、テレヴィジョン・クッキーシーン。約50分~1時間のセット・リストが毎週木曜日22時に更新され、時間枠いっぱいに何度もリピート・ストリーミング放送されています。


初回放送時、最初にセットリストが一巡するまで、セレクター伊藤がツイッターの個人アカウントから軽く(?)曲紹介をおこないます。


12月6日(木)~12月12日(水)に放送される第7弾セットリストは、来年早々の来日も決定した噂のUKバンド、パーマ・ヴァイオレッツに始まって、リー・ペリーとジ・オーブの共作で終わる、全12曲。それらを含む4曲が2012年のもの、1曲が2011年のもの、2曲が90年代のもの、4曲が80年代のもの、1曲が70年代のものとなってます!


放送日時は以下のとおり。


2012年12月6日(木) 22:00-24:00 ※初回放送

2012年12月7日(金) 20:00-22:00 ※再放送

2012年12月8日(土) 10:00-12:00 ※再放送

2012年12月9日(日) 19:00-21:00 ※再放送

2012年12月10日(月) 19:00-21:00 ※再放送

2012年12月11日(火) 14:00-16:00 ※再放送

2012年12月12日(水) 19:00-21:00 ※再放送


なお、第8弾の初回放送は12月13日(木)22時スタートです。


よろしければ、是非!


2012年12月6日14時52分(HI)

2012年12月3日

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2012年12月3日更新分レヴューです。

【合評】シャムキャッツ『たからじま』
2012年12月3日 更新
CALEXICO『Algiers』
2012年12月3日 更新
洞『発見』
2012年12月3日 更新
上妻宏光『楔―KUSABI―』
2012年12月3日 更新
Mr.Children『[(an imitation) blood orange]』
2012年12月3日 更新
THE 1975「Sex」
2012年12月3日 更新
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