BURIAL「Truant」(Hyperdub / Beat)

|
BURIAL「Truant」.jpg

 ブリアルという存在のほとんどは、彼が生みだす音楽を聴いた者の副次的イメージで形成されている。それはブリアルの高い匿名性ゆえだと思うが、そんなブリアルの在り方は、音楽はひとりひとりの捉え方によって違う形を見せるものであり、それらすべてが一側面であることを思い出させてくれる。人々にどう受けいれられ、価値を与えられるかなんて、誰も制限できない。


 それは作り手も例外ではない。作り手は、受け手が音楽を聴いた際の考えや思いに対して疑問を持つことはできても、否定し排除することは難しい。言ってしまえば、聴き手の頭のなかにある音楽も作品なのだ。


 だとすれば、すべてをわかりあうなんてことはありえないのかも知れない。ただ、この壁にぶち当たり諦念を抱いてしまうか、それとも"わかりあえないことをわかりあおう"と前向きに捉えるかで、歩む道は分かれるはず。そして、頑なに匿名性を保ち、聴き手の解釈が入りこむ余白を生みだすブリアルは、後者ではないだろうか。つまり、それぞれの解釈によって多様化が進み、そのことで生じる可能性をブリアルはポジティヴに捉えている。謂わば"思考のひとり歩き"に対して寛容で、そうした状況が音楽という文化に豊穣さをもたらすと考えている。


 こうした考えは、アンディー・ストットシャックルトン、それからジェームズ・ブレイクらが断片となることで、徐々に広まっているように見える。いま挙げた者たちは、音楽の記号化に抗うような溶解的サウンドスケープを描き、己の残り香を消し去って音楽そのものになろうと試みているからだ。この試みから筆者は、ブリアルの遺伝子を感じとってしまう。


 というわけで、ここまで書いてきたことは、2012年の年末に突如届いたブリアルの全2曲入りシングル「Truant」以前の風景だが、本作はその風景と地続きになっている。ブリアルにしてはユーフォリックな仕上がりだけど、深層意識に潜るディープな世界観や、幽霊の如く漂うヴォイス・サンプルは健在だ。とはいえ、「Rough Sleeper」にはこれまでのブリアルが見せなかった側面もある。


 まず、闇から光へ向かうような高揚感。光の先を見せてくれるわけではないが、光から遠ざかるような音を鳴らしていたこれまでのブリアルからすると、明らかな変化だと言える。そして何より、ビートが力強い。もちろん従来の繊細美も相変わらず存在している。しかし、12分50秒あたりから鳴らされるテンション高めのビートは、抑えきれない凶暴性を発露しているようで、何度聴いても惹きつけられてしまう。多くの者は、"怠け者"という意味深なタイトルを掲げた「Truant」に興味を抱くのかもしれないが、今後のブリアルを考えるうえでは、「Rough Sleeper」のほうが興味深い音を鳴らしている。あの凶暴性には、そう思わせるだけの異質な雰囲気がある。



(近藤真弥)

retweet