UNIT PRESENTS TRAXMAN with Red Legends footworkers : A.G. & DJ MANNY at 代官山UNIT & SALOON 2012.10.12

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 かつてシカゴには、ロン・ハーディーというDJがいた。ロンのプレイを知るデリック・メイいわく、ロンは「マッド・サイエンティスト」だったそうだ。ロンは激しいEQ使いやトリッキーなプレイを得意とし、それはデリックのプレイを観たことがある者ならわかるように、多くのDJたちに影響をあたえるビッグ・インパクトだった。そして、ジューク/フットワークのオリジネイターであるトラックスマンもまた、ロンに影響を受けたひとりだ。詳しくは『Da Mind Of Traxman』のライナーノーツに書かれているが、トラックスマンは「ロンは、俺にハウスが何たるかを教えてくれたDJ」と語っている。


 冒頭からロンの話をしてしまったが、もちろんそれなりの理由はある。10月12日に代官山UNITでプレイしたトラックスマンは、そこで「Strings Of Life」をスピンした。かなり速いBPMではあったものの、デリックによるこのテクノ・クラシックを聴いたとき、過去/現在/未来をひっくるめたダンス・ミュージック史が目の前に現れたような気がした。


 ロンやフランキー・ナックルズによってハウスが開拓されていた頃のシカゴに訪れたときの感想でデリックは、「そのアイディア、コンセプト、彼らのパーティーのやり方とか、そういうことをデトロイトに持ち込もうとしたわけではない」と語り、また、「彼らの環境やコミュニティーは独特のものだった」「俺達はデトロイト出身だから、デトロイト独自のシーンを構築したかった」とも語っている。


 しかし、あの日の「Strings Of Life」には、「すべては繋がってるんだぜ!」というトラックスマンの歴史観が込められてるように思えた。それは、シカゴで自身の音楽を育んできたがゆえのプライドと豊富な音楽的知識が入りまじったもので、シカゴのトラックスマンがスピンするからこそのリアリティーと説得力がそこにはあった。というのは筆者の考えすぎ? しかし、トラックスマンによって次々とスピンされるトラックをあの場で浴びた者なら、その音の奥底にある"深み"と"強度"を感じられたはず。


 リード文としてはあまりにも長くなってしまったが、筆者が感じた"深み"と"強度"を少しでも伝えようと、言葉にしがたい"あの空気"を言葉にしてみた。読んでもらえたら幸いだ。



(近藤真弥)




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 「日本にトラックスマンが来る!」


 トラックスマン来日のニュースを知ったとき、筆者は心のなかでそう叫んだ。世界的には黎明期にあるジューク/フットワークのオリジネイターにして、ゴッドファーザー。多くのトラックメイカーからリスペクトを集める、いわばレジェンドの来日である。なにせ、ロン・ハーディーからジューク/フットワークまでの歴史をすべて知る男だ。そんな男が代官山でプレイする。その姿を想像するだけで、興奮を抑えられなかった。


 このパーティーはトラックスマンの他に、DJラシャド&DJスピンのヨーロッパ・ツアーにも参加したトップ・フットワーカーのA.G.(本当はDJマニーもダンサーとして参加予定だったが、なんと飛行機に乗ってなかったとのことで来日できず。シカゴらしいっちゃシカゴらしい理由だ)、さらにはD.J.April, D.J.G.O., D.J.Kuroki, の3人(3人はSTRATUSSとして出演)、そしてジューク/ゲットー・テック専門レーベル《Booty Tune》を主宰するD.J.Fulltonoなど、日本におけるジューク/フットワークの普及に多大な貢献をしている者たちも集結するなど、シカゴから来るトラックスマンを日本のジューク/フットワーク勢が迎え撃つようなメンツとなっていた。


 筆者の都合で会場入りは少し遅くなってしまったのだが、急いで受付を済ませ、階段を降りてフロアに入場すると、D.J.Fulltonoのプレイがすでに始まっていて、かなりの盛りあがりを見せていた。低域もしっかり出ており、音響的にも素晴らしいのがすぐにわかる。バーで酒を手にいれ、多くの人で溢れかえるフロアに足を進めると、つたないながらもフットワークを踊る人たちが予想以上に多くてビックリ。誰かがフットワークを踊りだせば自然とサークルが発生し、入れかわり立ちかわり様々な人達が踊る踊る。確実にフットワークの輪が広がっていることを確認できた。ステージに目をやると、《TRAX》の赤いTシャツを着たトラックスマンが、D.J.Fulltonoのプレイに合わせMCで煽りまくっていた。そのMCを聞く限り、とても上機嫌のようだ。


 次に筆者が観たのは、この日の目玉のひとつ(と筆者は思っている)、階下のSLOONで行われたHanaliのライヴだ。Hanaliは、いま一部で話題の新潮流"ゴルジェ"を代表するアーティストのひとりである(ゴルジェについては筆者が書いたこのレビューを読んでみてください)。ライヴでゴルジェを聴くのはこれが初ということもあり、期待と不安が入りまじった気持ちを抱きながら待機していたのだが、最初の一音が鳴ると同時に、すぐさま音の波に飲みこまれ、トランス・インしてしまった。基本的にゴルジェはダブステップ以降のベース・ミュージック、EBM(エレクトロニック・ボディー・ミュージック)、インダストリアルといった要素を上手く交配した曲が多いのに対し、この日のHanaliは低音が効いたノイズ・ミュージック寄りの音を出しており、音の抜き差しや音色の変化で起伏を生みだす展開は、中毒性の高いものだった。手元のリズムマシンを連打するHanaliの姿はどこかイタズラっぽく、頭につけたヘッド・ライトは、まるでオービタルのライヴ姿そのものだったが、とすると、オービタルもまたゴルジェなのかもしれない。


 などと考えながら再び階上に戻ると、D.J.Fulltonoの最終トラックがフェードアウトしていくところだった。そして次は、そう、トラックスマンである。まず彼は、D.J.Fulltonoが使用していたMacBookに、自身の外付けハードディスクを差しこむ。この外付けハードディスクは前日に出演したドミューンで自慢げにひけらかしていたもので、それに彼のトラックが詰まっているそうだ。肝心のプレイは、ジューク/フットワークだけでなく、ナイトクローラーズ「Push The Feeling On」といった有名ハウス・クラシックやアシッドなども交えながら、エネルギッシュなファンクネスとソウルを表現していた。いや、途中で何度もMCを挟み、トリッキーな技を披露すればドヤ顔で観客を眺め、さらには途中でおしっこに行ってしまう行為すらエンターテイメントにしてしまうそれは、"体現"と言ったほうがいいのかもしれない。


 シカゴの雰囲気を漂わせつつ、ブラック・サバス「Iron Man」のギター・リフをまんま被せたジューク・トラック、そしてテクノ・クラシック「Strings Of Life」までもスピンするなど、この日のトラックスマンはサービス精神旺盛であった。とはいえこれは、客に媚びを売るとかではなく、音楽好きとしての一面が素直に表れたのだと思う。ジミ・ヘンドリックスをネタにしたトラックもあるし、トラックスマンはジャンルやスタイルに囚われない寛容な精神で音楽を愛している。


 そんなトラックスマンのプレイに対し、絶叫スレスレの歓声、一心不乱な狂喜乱舞、実に様々なリアクションでもって観客は応えていたが、なにより重要なのは、みんな笑顔だった、ということではないだろうか。誰もがニコニコし、あんな汗が飛び散るパーティーも、そうそうあるもんじゃない。


 笑顔といえば、トラックスマンがスピンする曲に合わせて素晴らしいフットワークを披露したA.G.の笑顔も忘れられない。彼の笑顔には、シカゴのローカル・ミュージックに過ぎなかったジューク/フットワークが日本で受けいれられていることへの驚きがあったようにも見えた。しかし、彼がフットワークを披露して歓声があがると、その笑顔には感謝の念も滲みでるようになる。


 それにしてもA.G.は、すごく楽しそうに踊っていた。これはトラックスマンのプレイにも言えることだが、テクニックやスキルを高圧的に見せつけるような素振りが微塵もないのには本当に驚いた。だから観ているこっちもA.G.が踊り終えると、自然と笑みがこぼれてしまう。彼らのこうした佇まいは、パーティー全体にピースフルな雰囲気をもたらしていた。ブッキングの妙、タイムテーブル、最高のお客さんに音響と、すべてが上手く噛みあっていたのはもちろんのこと、パーティー自体が素晴らしいものとなったのは、日本のファンに対するリスペクトを忘れない彼らの姿勢によるところが大きかったのではないか。


 ちなみトラックスマンは、ステージ上では強烈な存在感を出し我々を楽しませるスターだが、自分の出番が終わると、ふらふらとフロアを歩いてまわったり、記念撮影にも気軽に応じていた。筆者もフロアでトラックスマンを見かけたから、ここぞとばかりに話しかけてみたのだが、簡単ながらも興味深いやりとりができたので、最後はその話で締めさせてもらう。


 筆者が「今日のプレイ最高だったよ!まるでシカゴが目の前に現れたみたいだ」と握手を求めたら、その手を強く握りかえしたあと、悪ガキがそのまま大人になったような笑顔でこう答えてくれた。


「ありがとう!あれ(プレイ)は俺の歴史そのものだからね」


 この言葉を聞いたとき、ジューク/フットワークで沸く若い世代だけでなく、十数年以上前シカゴ・ハウスに熱狂したであろう世代の姿までもが、脳裏に浮かんできた。


 そういえば、フロアでは年季の入った方も何人か見かけたし、筆者が話をした人のなかには、HEYTA(日本におけるハウスDJの先駆け的存在)のプレイでハウスを知りシカゴ・マニアになったご婦人もいたっけ。シカゴ・ハウスをルーツに持つジューク/フットワークが、意外にもおじさんおばさんホイホイな音楽であることがわかったのは、嬉しい発見だった。



(近藤真弥)



※リード文でデリック・メイの発言として書いたものは、すべて《waxpoetics JAPAN》19号のインタビューから引用させていただきました。

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