【合評】PINBACK『Information Retrieved』(Temporary Residence / Magniph)

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 音楽不況という言葉はもう何年も前から痛いほど目にする。ジャズ喫茶やロック喫茶などに行っても、真っ先に出てくる会話が音楽不況だから困る。音楽評論家の松村洋氏は、「音楽業界以前に日本の音楽文化が崩壊しつつある」と言っていた。確かに思うところはある。実際に僕の周りには音楽を一切聴かない人はいる。そういう人を否定するつもりはないし、全く聴かない人が2~3人なら、まあそんなもんかと思えるのだけど、これが20~30人になってくると、ある種の怖さというか、危機を感じる。


 余計なお世話を承知で「なぜ音楽を聴かないの?」と僕はたまに聞くことがあるのだけど、そうした時に返ってくる言葉が「つまらないから」というもので、僕は腕組をしながら、うーん、となってしまう。だって、聴いていないのに、音楽をつまらないと思うのは変だから。でも強引に聴かせる訳にもいかず、ライヴ会場まで引っぱっていく訳にもいかない。けれど、まずは聴いてほしいというのが本音ではある。音楽が好きな人は「好きだから聴いている」というのはもちろん、「聴いていくうちに好きになる」という体験もしているはずなのだから。


 そんなこんなで、サンディエゴで結成されたバンド、ピンバックの5作目となる本作『Information Retrieved』である。あえて言えばスロウコア。モデスト・マウスを思わせるところもある。僕はこの作品を好きだから聴いている訳ではない。聴いていくうちに好きになった。ある日突然、好きになった。音楽とはこういうことがあるから面白い。50回聴いて何とも思っていなかったのに、51回目に聴いたら素晴らしく聴こえてくることがある。


 思えば「好きだから聴く」という言葉も変なものだ。レコードに針を落とす前から、そのレコードが好きなわけではない。聴く前から好きなんてことはありえない。「聴くから好きになる」のだ。聴く行為が好きという感情を生み出す。そうして聴けば聴くほど好きになる。もっともっとたくさんの音楽を聴きたくなる。騙されたと思わなくていいから、本作を聴いてほしい。音楽をもっと好きになるから。最初はつまらないと思ってもいいから。


 僕は本作を、音楽を全く聴かないという人と一緒に聴いたことがある(BGM的に、だけれど)。びっくりした。その人は、一曲聴いただけで本作に夢中になった。ラグビー・ボールが転がっているみたいなヘンテコな音楽なのに。でも思うのは、音楽を共有できることの素晴らしさ。本作には人と人とを繋ぐ力が確実にあるという嬉しさ。ほんとうに嬉しかった。こういうことが音楽不況の文字を消すことに繋がるのなら、さらに嬉しい。けれども、そんなに簡単なことではないのだろう。ただ"聴く"人が減っているだけなのだ。


 僕らは音楽を聴いて音楽を好きになる。何かを好きになるのはとても素敵で大切で、それは希望と言ってもいい。音楽を聴く行為自体が希望なのだ。本作は"聴く"に値する音楽として息をしている。



(田中喬史)

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 前作『Autumn of the Seraphs』よりも、さらにエッジの尖ったアルバムと化した、5年振りの5thアルバムである。ヘヴィー・ベジタブルやシンギー当時の鋭利なハイテンションを継承させながらも、幾重にも織り込まれたギターのフレーズは変わらずキメ細やかなままである。こまごまとしたリフやフレーズが精緻に収斂され、一つずつ音数が増えて行き、ハーモニーと輪唱が重なり合い、くるぞくるぞという高揚感に包まれる。宅録感丸出しの結成当時から変わらぬこのスタイルは、やはり彼らを最高のユニットたらしめる由縁である。


 ロブもザックも、サンディエゴのインディー・シーンを90年代以前から牽引していた存在であり、二人の参加したバンドやプロジェクトを数え始めると、本当にキリがない。ロブはヘヴィー・ベジタブル、シンギー、オプティガナリー・ユアーズ、アザー・メン、レディーズなどをはじめ、ソロ名義や多くの名義で傑作を生み出し、熊を連想させる髭と巨体でありながらも、丸く大きな瞳を輝かせて、少年のようにハイトーンな声色で歌い上げる人物である。ガムテープで補強された深紅のレスポール・スタジオを振り回していると、ギターがおもちゃに見えてしまうほどの存在感である。


 ザックことアーミステッド・バーウェル・スミス4世の携わったプロジェクトと言えば、スリー・マイル・パイロットが有名であるが、ピンバックでは(主にライヴにて)シンセやベースを担当している。ガタイの良いザックもロブと同様に美しい歌声の持ち主であり、弾き語りでテクニカルなベースラインを維持し続ける人物である。本盤も一度ピンバックを聴いた方にはおなじみである、小さな歯車で巨大な一つの歯車を動かすような、細かい音の群れによるグルーヴと、彼ら独特の輪唱やコーラスを多用する節回しにて構成されている。


 チープでありながらミニマルかつトリッキーなビートが捻くれながら突き進み、ザックによるベースは背後でブーミーに膨らむものと、ギターさながらにハイポジションでセーハ(1本の指で複数の弦を押さえることを差すギター用語)しながら、アルペジオやコードトーンを奏でるものとに別離している。ザックはレスポールによるクリーンなトーンでメロウなアルペジオやシンプルなリフ、ジャングリーなカッティング、ざくざくと鳴るミュートなどを弾き分け、ギターだけでも3本も4本も多重録音されている。それらの音数が少しずつ重なり合い、瑞々しいヴォーカルを輪唱やコーラスが追いかけ、サンプリングやローファイなシンセ、太く歪んだギターなどがぶ厚く全体を覆い、緻密に整合されていく。ミニマルながらも一つの高い螺旋となって昇っていくようなカタルシスは、彼らの作品でしか味わえない魅力である。


 1曲目の「Proceed To Memory」からロブ独特の、ぶつけるように言葉を投げ掛けるメロディー・ラインが光り、ピンバックとしては珍しく激しい声色で歌い上げる。背後のコーラスは跳ねるようで少し可愛らしく、止まっていた景色や記憶が動き出すことを想起させる歌詞と相まって、スタジアム・ロック的な力強さとポップさがグラデーションを描く。「Glide」は、テクニカルかつ荒涼としたアルペジオによるリフを軸に(弾き語りが大変そうだが、ライヴではラップトップで流すのだろう)、ジャングリーなカッティングと複雑なリズムで大局的なグルーヴを生み出していく楽曲であり、5曲目の「His Phase」で聴くことの出来るイントロは、2ndアルバム『Blue Screen Life』の「Offline P.K.」とどこか似ているものの、シンプルな8ビートへがらっと姿を変える。7曲目の「True North」はせっかちなタムが連打される反面、伸びやかなメロディーやサッドなストリングスと徐々に調和していく展開が美しい。締め括りとなる「Sediment」はR&Bのリズムが印象的で、メロウなピアノの音色とストレートなメロディーが素直であり、本盤の中で最もシンプルな構成で作られた楽曲である。裏拍で指を鳴らしたくなる。これまでの作品に収録されていた、内省的で、リスナーをクールダウンさせるような楽曲は削ぎ落とされている。全体を構成するのは早いテンポの楽曲だけであり、3分台の曲が大半を占めた、ノンストップかつコンパクトな作品である。


 しかしながらヘヴィー・ベジタブルやシンギーのように無鉄砲な速度で過ぎゆく楽曲は無く、気持ち良く踊れるテンポの楽曲が揃っている。ピアノが主体となる「Diminished」のような楽曲もあるが、煌びやかなライドと伸びやかなギターのフレーズが、単純なBPMでは測定出来ないスピード感を生み出している。透明感のあるディレイは本盤ではほとんど使用されず、生々しい楽器のトーンがダイレクトに聴こえてくる。


 本盤はピンバックとしては初めての《Temporary Residence》からのリリースであり(ロブはソロ作品を2枚リリースしている)、前作同様に荘厳としたアートワークは"らしくないなぁ"と未だに思ってしまう。それでも書き殴ったようなおなじみのロゴが記されていて、こっそりあの棒人間がアートワークの中に潜んでいるとほっとしてしまう。作品をリリースする毎に、ピンバックは逆行して若さを取り戻しているような気がする。瑞々しくなっていくその到達地点に、かつてのハードコア期の彼らはいない。一見すると堂々巡りをしていても、螺旋階段のように、少しずつ新天地へ昇りつめている。



(楓屋)


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