高野寛『Live at VACANT [ONE, TWO, THREE]』(Ototoy)

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 本作『Live at VACANT [ONE, TWO, THREE]』は、プロデューサーとしての顔もあり、約25年のキャリアを持つシンガー・ソングライターである高野寛のライヴ作品だ(ボブ・ディランやはっぴいえんど等のカヴァーを収録)。震災後の日本にあって、「なるべく電気を使わずにライヴをやりたい」という本人の意思で、ヴァイオリン、パーカッション、高野寛のアコースティック・ギターからなるトリオ編成のアコースティック・ライヴとなっている。一言で言ってしまうと、素晴らしい。臨場感に溢れている。


 音数が少ないがゆえに、高野寛のメロディー・メイカーとしての資質が浮かび上がっているのはもちろんのこと、トリオ編成の音の会話がすごく良い。片方が句を詠み、片方が返歌を詠うような絶妙なやりとりが繰り返され、演奏の熱は徐々に高まっていくのだけど、「このあたりで抑えましょう」という阿部美緒のヴァイオリンがすっと入ってくるという凛とした感じ。こういった音の会話が楽しく、面白いし、吐息や深く息を吸い込んだときの間、細かなニュアンス、喜怒哀楽、香りのようなものを高野寛のギターと歌声が醸し出していて導かれるように聴き入ってしまう。


 リラックスした表情が目に浮かび、鳴っている音のすべてはスタジオ録音作品以上に楽しみの心地を抱えながら豊かに飛び跳ね、渋味と甘味を交差する高野寛の歌声は、滑らかなメロディー・ラインに沿って流れていく。それらはとても温かいのだ。聴いていると高野寛の笑顔が見える。観客の笑顔も見える。本作を聴いている聴き手の笑顔さえ見える。それは素晴らしいことだと僕は思う。


 高野寛は常に音楽で自分を飾ることはしなかったし、装飾過多な歌詞で自分を大きく見せることもしなかった。雰囲気のように音楽を身にまとい、丁寧に温かく音の一つひとつを鳴らしていく。そこにはまるで音が話しかけてくるような感覚があり、音が肌に触れるほどの親密性が人と人とを繋いでいく。


 それは熟練の味とは少し違う。どんな演奏だろうと、何を歌おうと、気取ったところも妙に落ち着いたところもない、聴き手を笑顔にしてしまう「高野寛の味」だ。そして自然と生まれる手拍子、コール&レスポンス。本作を聴いて実際にライヴ会場にいる気持ちになるリスナーは僕だけではないはず。むしろこの作品は、リスナーも含めて初めて音楽は成り立つんだ、というドキュメントだ。


 そうして手拍子が続く中で、高野寛は社会についても歌う。


《どれだけデモが続けば / 静かに眠れるの?》

《どれだけ人が死んだら / 悲しくなくなるの?》(「風に吹かれて」〈COVER〉)


 デモが続いても動かない政府への提言。多くの人が亡くなれば亡くなるほど、悲しさを超えて絶望に変わることへの不安。ここには絶望論を好まない高野寛の姿勢がある。


 社会的な歌詞が歌われても、僕には本作から希望と言っても差し支えないポジティブな光を感じる。それは高野寛自身が現状を受け入れ、音楽という光によって社会の暗部をあぶり出したうえで未来を見ていると思うからだ。電気を使わない全編アコースティック・ライヴという、これからのスタンダードになる可能性を持つ本作は音楽のひとつの未来を照らしている。


《足跡を残してやる》(「君住む街へ」)


 今、高野寛は、「高野寛」という足跡を残せる境地にいる。



(田中喬史)



【編集注】OTOTOYにて配信中



photo by Masahito Ishibashi

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