JOSEPHINE FOSTER『Blood Rushing』(Windbell / Fire)

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 近年、隆盛しているフリーク・フォークとはアコースティック・ギターを基軸にしながらも、パーカッションやバロックの要素を後景に少し螺子の外れたサイケデリックなフォーク・ミュージックを指すと広義されてはいるが、そこには古典、伝承音楽へのオマージュの距離感の測位を孕んでもいた。その際、デヴェンドラ・バンハート、ジョアンナ・ニューサム、パンダ・ベア辺りまで多様なアーティスト名が挙げられながらも、ブリティッシュ・フォークの長い歴史からヴァシュティ・バニヤンの風趣も再評価されるなど、明確な音楽ターム、一つのカテゴリーとしては捉えるよりは自由度の高さをフォーキーにかつトラディショナルなルーツ色も忍ばせ、奏でるアーティストたちの血脈の結い目と言えるのかもしれない。


 そんな中、日本での知名度はまだまだともいえるが、世界的には注目度が集まっているジョセフィン・フォスターのソロ名義では2009年の『Graphic As A Star』からは三年振り、彼女とザ・ヴィクトール・エレーロ・バンド名義では今年にリリースされた『Perlas』に継いで二作目を数える『Blood Rushing』が素晴らしい。現在進行形で創作意欲に溢れている確かな稔りの季節が感じ取ることができるだけではなく、ますます音楽性の多様さと深みを見せている。


 今作にあたっては彼女の故郷のコロラドに戻ってのアナログ録音というスタイルを取り、ソロ名義ではあるが、複数のゲスト・ミュージシャンが参加している。まずは、パートナーたるヴィクトール・エレーロが例の軽やかなスパニッシュ・ギターの音色を添えている。さらに、彼女の旧来の付き合いのエントランス・バンドのパズ・レンチャンティンがヴァイオリン、ベース、インディアン・フルート、ヴォーカル/コーラスに至るまでジョセフィンのときにジョニ・ミッチェルを思わせる色彩豊かなヴォーカリゼーションとサウンドスケープそのものに奥行きを与え、ア・ホーク・アンド・ア・ハックソウのヘーザー・トロストもヴァイオリン、ヴォーカル/コーラスで存在感を示す。アルバム総体としても、どこかしら、これまでの彼女の作品に対して少しの取っつきにくさや敷居を持っていた人たちでもフック・ラインのある曲が並び、メロディーの美しさが際立つものも揃っていると言える。


 また、実に今作にはこれまでになく、多彩な曲が並ぶ。例えば、3曲目の「Sacred Is The Star」では爪弾かれるギター、カントリー調のシンプルな始まりから、じわじわと音とコーラスが重ねられていき、4分半ほどの間に思わぬ展開に帰着する。6曲目の「The Wave Of Love」での2分にも満たない中では麗しくもクラシカルな翳りが香る。8曲目の「Geyser」での前衛的なアレンジメントが為されたいかにもサイケデリック・フォークなもの、弦が優美に絡む9曲目の「Underwater Daughter」など自在に、しかし、全く散漫な印象を受けないのはコアな部分に彼女のリリカルな感受性が貫かれ、これまで多くの伝承歌や民謡への探求を続けてきた確固たるキャリアに裏付けされた自信と気骨が反映されているからなのかもしれない。


 土着性と都会性を行き来しながらも、この作品では、フォークロア、ルーツ・ミュージックへ対しての根の張り方がより明確になり、音像もソフィスティケイティッドされた分だけ、「行間」に典雅な音楽の歴史の根が伸びている。現時点での彼女のポテンシャルがいかんなく発揮された内容だと思う。そして、まだまだこれから先の歩みが楽しみになる余韻も残す。



(松浦達)

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