トクマルシューゴ『In Focus?』(P-Vine)

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 何年も前から海外で確かな評価を受けているトクマルシューゴの名が、ここ日本で鮮烈に知れ渡ったのは07年発表のサード・アルバム『Exit』がきっかけだった。しかし、コーネリアスの『Fantasma』と同じ文脈で分別され、回避する(される)向きがあったのは確かだ。その向きに、釈然としない思いが僕にはあった。「普通のものを作る気はまったくなかった」と、当時、トクマルシューゴが語ったように『Exit』とは、どこを見渡しても他に類をみない才気に溢れた素晴らしい作品だったからだ。それと同時に、トクマル本人が意識的なのか無意識的なのか分からないが、日本的な音楽として国境を越えた。


 いや、もちろん、日本的とは言っても、メロディから歌謡曲的な匂いはしないし、フェミニンな歌声と相まって幻想的で西洋の深い森の中を歩いているようなサウンドスケープはある。しかし、だ。音の間においては「日本の間」が楽曲に強い躍動を宿すものとして在る。すっと現れては消える間が。そこに驚愕するのだ。例えるなら太鼓を叩くときの「よーっぽん」という「っ」の間を取るのは、僕ら日本人にとっては馴染みのあるものだと思うが、海外のアーティストやバンドは、この「っ」の間が取れない。しかし『Exit』には、さも当然といった表情で、スパイスのように「っ」の間が振りまかれている。


 それを踏まえればトクマルシューゴが海外で高く評価されたのは、ポップ性の高さとともに、エキゾチシズム、すなわち異国情緒の流れに沿った側面もひとつの要素としてあるのではないかと思うし、05年発表のセカンド・アルバム『L.S.T』に至っては、お囃子の要素も多分にあり、同じく海外で評価されたのも頷ける。思えば2011年のキセルとのツーマン・ツアーで披露されたキセルとのコラボ曲が妙にはまっていたのは、同じく間を大切にする音楽家だったからこそ、なのかもしれない。


 ただ、代表曲「Rum Hee」収録の2010年発表『ポート・エントロピー』では、「っ」の間が極力削ぎ落とされている。だからなのか、綺麗で人懐こくはあるのだが、のっぺりとした刺の無いアルバムという印象を抱いたのは確かで、集大成ではあるものの、トクマルシューゴの集大成というよりはトイ・ポップの集大成なのではないか。そんなふうに感じてしまったのも確かだ。トクマル本人が頭の中に無国籍でも滞在できる場を作ってしまったというか。


 そうして発表された5作目となる『In Focus?』は、多国籍なサウンドと日本的な間を今まで以上に落とし込んだ作品。素晴らしいと思う。最高傑作だとも思う。驚愕した。EP「Rum Hee」収録の、「Rum Hee(Oorutaichi Remix)」のような壊れた曲が1~2曲入っていれば、"凄み"のある作品になると思ったが、やはり素晴らしい(前述したリミックスは、オオルタイチが投げかけたトクマルシューゴへのアドバイスとして聴こえるのは僕だけだろうか?)。まるで劇を観ているかのごとく音の数々がキャラクターとして活きている。自然に風の流れに沿う和やかなメロディとともに、突発的に飛び出てくる色とりどりの音と、懐かしさを感じる音が飛び交い迫ってくるさまは圧巻。楽器が持つ古来の音を呼び起こしているように聴こえ、導かれるように静かに昂ぶる。音の純度が怖いくらい高いのだ。しかもリスナー・フレンドリー。「トクマルの音」だとすぐさま分かるサウンドは、楽器古来の音の純粋性を鳴らそうとしているから醸し出されている気がしてならない。トクマルシューゴとは音そのものに自分の息吹を与えられる数少ないアーティストだと言える。


 さらには、これまでの作品同様に、いわゆるおもちゃ箱をひっくり返したような音楽だと言えるが、本作『In Focus?』においてトクマルシューゴのおもちゃなる音は摩擦し合っているように感じる。何かがおかしい。『ポート・エントロピー』と比べればスマートではなく、音の配置がどこかわずかに狂っている。音の間の取り方が本作では楽曲をばらばらに砕くように撒かれていて、人懐こい音楽なのは確かだが、それ以上に混沌としたさまが描かれる。だから良い。ファンの中に少なからずいるであろう、やりたい放題やってほしいという欲求にぶつかってくる音の迫力があり、なおかつ、日本的な間をランダムに配置することで楽曲の時間軸を狂わせ生じる混沌があるのだ。すなわち、土着的な「っ」の間すらコントロールされた異端のポップ・ミュージック。


 00年代が情報をかき集め、選ぶ時代だったとしたら、10年代は当たり前のように在る情報(音や間)をどのように活かすのかが重要な時代、ということなのだと思う。そのことを、限定盤に付いている著作権フリーの楽器フレーズ集が暗示している。「たくさんの音楽が雑然とそこにあることに、悪い気はしない」と本人が語るように、本作『In Focus?』は自国に立ちながらも徹底的に多国籍な音楽として鳴り渡る。もはやトクマルシューゴを他のアーティストと並べる声はないだろう。この素晴らしき音楽は多国籍の自由と想像力の深さをさらりと描く混沌の美である。



(田中喬史)

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