【書評】黒田隆憲/岡俊彦『ビートルズの遺伝子 ディスク・ガイド』(DU BOOKS)

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 ディスクガイドと名付けられているものに面白いものが少ないように思えるのは、「斬新な切り口」とそこから導き出される「出会いの喜び」が不在だからではないだろうか。大雑把な話だが、巷で見られるディスクガイドのほとんどは特定のジャンル/特定の年代を対象としたものであり、扱っている対象の範囲が限定的だ。そのため、取り扱っているディスクたちの固有名詞、そして内容がおおよそ予測可能なものになっている。


 だからもし、知らないディスクに出会ってもあまり興味を持つことができず、ああこんなものが存在していたのかと単に自分の知識の穴埋めをしてくれるだけの資料的な価値を持ちはしても、新たな知見が開かれるような新鮮な体験を我々に提供してくれはしない。ディスクガイドなんてそもそも扱っている対象について知識の無い人間が入門として読むものとして機能すればよいし、資料としての役割を果たせばいいんじゃないかという意見もあるだろうが、それではやはり退屈であるし、音楽の読み解きをしてゆく際の興奮が決定的に欠落している。そうなると、読み手は自然と取り上げられているディスクに興味を持てなくなってしまい、そのディスクガイドは音楽を聴かせるための本として機能しなくなってしまう。


 この「ビートルズ遺伝子ディスクガイド」は、そういったディスクガイドが陥りがちな欠点や退屈さをことごとく免れ、文章の細部に至るまでユーモアと驚き、そして豊富な見識に満ちている。このディスクガイドはページをめくるごとに読み手を快楽へと誘い、ビートルズという「斬新な切り口」によって無数の「出会いの喜び」を我々に提供してくれる。


 ビートルズというポピュラーミュージック史におけるビッグ・ネームを切り口とすることのどこが斬新なのかという声もあるかもしれないが、その疑問は彼らが残したディスコグラフィーを眺めてみれば自ずとわかるだろう。ビートルズの音楽はスキッフル、ブルース、フォーク、ロック、カントリー、ソウルなど、様々な音楽がブレンディングされたものであり、また彼ら自身、キャリアを重ねるにつれ、既存の音楽には無かった多くの発明をしてきた。彼らを元にしてディスクガイドを作るというのはあらかじめ様々なジャンルの縛りから自由であることを意味している。これがこのディスクガイドをスリルに満ちたものにしている要因の一つだ。


 ビートルズがキャリアを通してばら撒き続けたその豊潤な遺伝子たちには、ジャンルの制約などはあらかじめありはしないし、国籍による縛りも存在しない。この本には凡庸なディスクガイドにありがちな、扱う対象の範囲の決まりきった限定が皆無であるため、どのようなディスクが取り上げられているのかほとんど予想がつかない。そして、ディスク1枚1枚に添えられているレビューの切り口は驚きに満ちているものばかりで、「ああ、ビートルズとこういう繋がりがあるのか」とつい口に出してしまうような情報が、監修を担当している黒田隆憲、岡俊彦をはじめとした、12人のレビュワーの個性でもって綴られており、「はじめに」で黒田氏が書いているように「それぞれの新しいビートルズ論」がそこで展開されている。


 また、このディスクガイドは00年代以降、90年代、80年代、70年代、60年代の順にビートルズの遺伝子たち、またはビートルズと同時代の者たちのディスクが取り上げられている(後述するがここに『「日本」に撒かれたビートルズの遺伝子』という日本国内に焦点を当てたディスクガイドが加わる)。このような構成を取ることで、その年代によってビートルズに対するアプローチの仕方が異なっていることが分かり、同年代における無数の差異の深層にうっすらとした時代の共通認識のようなものが見えてくることもある。


 それらのディスクレビューに挟まれるように、様々な切り口からビートルズについて綴られる文章と、ビートルズについてはこの人に訊いてみたい!と思えるようなアーティストたち(ザ・ニートビーツの眞鍋氏、永井ルイ氏、ふくろうずの内田万里氏)へのインタビューから構成されるコラムがあり、こちらも非常に読み応えのあるものになっている。特に「ビートルズは作れるのか?」というコラムはビートルズの「曲作り/アレンジ」や「サウンド/スタジオワーク」に焦点を当て、その楽曲の構造や楽器、使用機材レベルにまで掘り込むことでビートルズという音楽が持つ魔法の検証を行っており、非常に精密な議論がなされているにも関わらず、専門的知識を持っていなくとも問題なく読むごとができ、ビートルズについてより深く知ることができる。


 そして、このディスクガイドの最大の読みどころは『「日本」に撒かれたビートルズの遺伝子』の章ではないかと個人的には思っている。なぜならYEN TOWN BAND、きゃりーぱみゅぱみゅGREAT3、住所不定無職、Theピーズ、レイハラカミ、Mr.Childrenが同時に載っているディスクガイドなど、ビートルズをテーマとしたこの本以外ではありえないだろうし、なによりそのテーマによって切り取られた、日本のポップミュージック史の新たな切断面を日本の読者に提示したというだけでもこの章は非常に価値あるものと言えるからだ。


 ビートルズとその遺伝子たちが織り成す数々の物語について書かれたこの本を読み終わったとき、スペインの映画監督であるビクトル・エリセが、溝口健二の映画について次のように語っていたことを思い出した。


 「人生を凌駕する映画があるということは、しばしば言われていることですが、それは本当なのです。」(『国際シンポジウム 溝口健二』蓮實重彦 山根貞夫編著 朝日選書)


 この本は、「ザ・ビートルズ」をキーワードに我々に数多くのディスク/アーティストとの出会いをプレゼントしてくれるものだ。ここで取り上げられているディスクの多くは、ビートルズという音楽によって人生を凌駕された人間によって作られており、そんなディスクたちがまた誰かの人生を凌駕する音楽となることを願ってやまない。音楽は、たまにそんなイタズラをする。



(八木皓平)


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