DAVID BYRNE & ST. VINCENT『Love This Giant』(4AD / Hostess)

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DAVID BYRNE & ST. VINCENT.jpgのサムネール画像

 ショーン・ペンがザ・キュアーのロバート・スミスにそっくりなロック・スター、シャイアンを演じて話題になった映画『きっと ここが帰る場所』で印象的なシーンがあった。ある出来事をきっかけに音楽業界から身を引いて生きることを選んだシャイアンは、逆立てたヘア・スタイルと白塗りメイクの下に感情を押さえ込んだまま日々を生きている。


 そんな彼が旧友デヴィッド・バーン(本人役)のライヴを見て、ついに感情を爆発させる。演奏されていた曲は、映画の原題にもなっているトーキング・ヘッズの「This Must Be The Place(Naive Melody)」。シャイアンは終演後のデヴィッド・バーンとの再会で、彼がなぜ「音楽を諦めた」のかを涙ながらに打ち明ける。この後、ストーリーが大きく展開する重要なシーンだ。けれども、デヴィッド・バーンは気の利いた台詞でシャイアンを励まそうとはしない。子犬のように澄んだ眼差しで小首をかしげるだけだ。白髪になってもスタイリッシュで、人々の感情を揺さぶる音楽を作り、飄々と歌い続けるニューヨーカー。そして、そんな彼にすがりつく元ロック・スター。その対比は図らずもデヴィッド・バーンの本質を表しているようにも見えた。彼は「音楽を諦めた」りはしない、ということを。フィクションであるにも関わらず、僕はこのシーンを見てトーキング・ヘッズの再結成はもう絶対にあり得ないだろうな、と思った。


 話を現実に戻そう。やはりデヴィッド・バーンは、ファンやミュージシャンからのリスペクトを生半可な言葉や中途半端なトリビュートで済ませようとはしない。2002年にリリースされたX-Press 2との「Lazy」では、(まだ客演という感じだったけれども)ストリングスを織り込んだダンス・トラックとの相性の良さを見せつけた。これがきっかけだったのかもしれない。


 2004年のソロ・アルバム『Grown Backwards』でのルーファス・ウェインライトとの共演を始め、様々なミュージシャンとのコラボレーションを活発化させていく。2008年には、1981年の『My Life In The Bush Of Ghosts』以来となるブライアン・イーノとの共演作『Everything That Happens Will Happen Today』をリリース。このアルバムは、「もしもイーノが『Little Creatures』から『Naked』までの後期トーキング・ヘッズをプロデュースしていたら...」なんていう、僕みたいなファンのちっぽけな思いを吹っ飛ばすサバービアな歌ごころ(ゴスペルだよ!)が溢れる大傑作だった。そして2010年には、フィリピンのマルコス元大統領夫人だったイメルダ・マルコスのとんでもない生き様を描いたコンセプト・アルバム『Here Lies Love』をファットボーイ・スリムと合作。シンディ・ローパー、トーリ・エイモスからフローレンス+ザ・マシーンのフローレンス・ウェルチまで、多彩な女性シンガーたちが個性豊かな歌声を披露してくれた。


 90年代~00年代を経て、現在も日増しに大きくなっていくトーキング・ヘッズの姿なき存在感。その影響の大きさは近年のブルックリン・シーンを語るまでもなく明らかだ。そして、その影響から最も逃れることができなかったのが、デヴィッド・バーン本人だったのかもしれない。長い時間がかかったけれども、彼はリスペクトさえも新たな音楽のインスピレーションとなることに気付いたのだと思う。コラボレーションというアイデアを真っ正面から受け止めることで、00年代以降の彼のキャリアは新たな充実期を迎えている。


 そんなデヴィッド・バーンが今回のパートナーに選んだのが、先述の『Here Lies Love』で既に共演を果たしているセイント・ヴィンセントことアニー・クラーク。さっそくPLAYボタンを押して、1曲目の「Who」に耳を傾けると...。高らかに鳴り響くホーンが一瞬、トーキング・ヘッズのラスト・アルバム『Naked』を彷彿とさせるけれども、デヴィッドの歌声に寄り添うアニーの凛々しいコーラスがその印象を鮮やかに塗り替えていく。2曲目の「Weekend In The Dust」は、アニーがリード・ヴォーカル。軽やかに跳ね回るエレクトロ・ビートと表情豊かなブラス・バンドの絡み合いが新鮮だ。今作でホーンと同様にサウンドの核となっているビートのプログラミングを担当しているのは、ジョン・コングルトン。クラップ・ユア・ハンズ・セイ・ヤーの復活作『Hysterical』をプロデュースしたことも記憶に新しい新進気鋭の才能だ。彼はセイント・ヴィンセントの最新作『Strange Mercy』のプロデュースも手掛けている。3曲目の「Dinner For Two」では、ザック・コンドン率いるベイルートからケリー・プラットがアレンジャーとして参加。ベイルートではトランペット、フレンチ・ホルンなどをプレイするケリーは、ブライト・モーメンツ名義でのソロ活動やパッション・ピットの『Gossamer』への参加など、活動の幅を広げている期待の若手。ブライト・モーメンツのデビュー・アルバム『Natives』をデヴィッドのレーベル《Luaka Bop》からリリースしたという繋がりがある。


 デヴィッド・バーンは、これからのシーンを担うミュージシャンたちに囲まれながら伸び伸びと歌う。ジャズ、ファンク、ニュー・ウェイヴからクラシックまで自在に飛び越えるブラス・バンドのサウンドが様々な情景を色鮮やかに描き出す。アルバムのタイトル『Love This Giant』は、夏目漱石が日本に紹介したアメリカの国民的詩人、ウォルト・ホイットマンの詩「ぼく自身の歌(Song Of Myself)」から引用された。


《I Behold The Picturesque Giant And Love Him, And I Do Not Stop There, I Go With The Team Also. (見よ、絵画のような巨人を。そして、彼を愛せ。ぼくはそこで立ち止まらない。ぼくもこの仲間たちと行く)》(ウォルト・ホイットマン「ぼく自身の歌」第13篇:筆者訳)


 イギリスからの独立後の大きな経済発展や南北戦争など、激動する19世紀のアメリカを舞台に自然と社会、そして人間性そのものを描き続けた詩人ホイットマン。彼の綴る"Giant"という言葉には、(この一節は、黒人がモティーフにされているけれども)人間を取り巻く"すべての大きな存在"という意味も込められているのだと思う。デヴィッド・バーンは9曲目の「I Should Watch TV」で、その言葉を引き継ぐ。トーキング・ヘッズの『Little Creatures』に収録されていた「Television Man」を思い出させる曲名だ。「世界が、僕のリヴィング・ルームに崩れ落ちてくる!」と叫んでいたあの頃から、相変わらずな皮肉を込めながらも「Love This Giant」と歌える現在へ。テレビやインターネットを通して見渡せる世界、手に負えない自分自身の感情、過去と未来、理想と現実、自由と束縛。ゆっくりと歩みを進めて辿り着いた場所で、デヴィッド・バーンは《That's Me And I Am This》と嘯いてみせる。いまも「音楽を諦めた」りはせず、「ぼく自身の歌」を歌い続けながら。


(犬飼一郎)

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