VARIOUS ARTISTS 『Underrated』(Fifty One Records)

|
UNDERRATED-.jpg
  アルバムのタイトル名の『Underrated』から好戦的だ。過小評価された、見くびられたなどの意味を包含しながら、巷間の日本のインディーミュージック・シーンへの挑発を示すようなフレーズである。例えば、この作品をして付されている、2012年の日本における"NO NEW YORK"という位相も考察すると、より立体感が増す。当該作品は、1978年にブライアン・イーノがプロデュースを手掛けたコンピレーション・アルバムにして、時代の変わり目に確実な楔を打ち込んだ。実験性、前衛性、ノイズ・ミュージックの巧みなバランス。ザ・コントーションズ、ティーンエイジ・ジーザス・アンド・ザ・ジャークス、マーズ、DNAの4組が混ざり合いながら、従来のパンクの概念を対象化せしめたのみならず、当時のNYのアンダーグラウンドで渦巻いていた熱量をアート的に再構築し、その後のシーンに多大な影響を与えた。

  このトリプル・スプリット・アルバムに参加しているのは、堅実な活動と評価が伴いつつあるリリーズ・アンド・リメインズ、先ごろの秀逸だった『Ripple』への参加とじわじわと存在感を地表化してきている世界的なバンド、彼らの盟友的なバンド、PURPLEという三組。それぞれがそれぞれをリスペクトの意を表しつつ、鬩ぎ合い、四曲ずつで参加している。

  簡単に各バンドを説明しておくに、リリーズ・アンド・リメインズは07年から京都から活動を開始し、その後、東京を軸に作品やライヴ活動を重ね、4月のカバー・アルバム『Re/Composition』でも鮮やかなセンスを魅せたポスト・パンクとスタイリッシュな黒さを華やかに纏うバンド。世界的なバンドは、名古屋発の3ピース。2012年のファースト・アルバムでのセンスは暗渠を覗き込みながら、鋭利なサウンドが印象的だった。PURPLEに関してはライヴでは独自の世界観を見せていたものの、こうして纏まった4曲が提示されることでより期待が膨らむ、関西のアンダーグラウンド・シーンで光を放つバンド。それぞれ、活動するメインの地域は違えども、STYLE BAND TOKYOでリンクしていたり、コンピレーションに参加するなどしていたが、こうしたスプリット・アルバムとして組むと、また色合いが変わってくるところが興味深い。

  1曲目のリリーズ・アンド・リメインズの「Final Cut」からこれまでの彼らの音楽的語彙とは違う穏やかな始まり、ニューウェーヴ色の強い清冽な曲になっている。凝られたアレンジメント、リフの組まれ方や途中のギターフレーズは彼ららしいが、KENTのボーカルも籠った感じよりは軽やかさもある。さらに、ダヴィーな音響空域の広がりも効果的になっている。ライヴでどう再写されるのか、楽しみな曲の一つと言えると思う。2曲目の重めのリフから始まる「When it's Over」はコーラス・ワーク、背景でドローン的な不穏なノイズがうねる、これも新機軸になっている。自らに課したストイックさと都度のモードや命題下で舵を切ってきた彼らだが、性急でグル?ヴィーな「Uncover」、直線的に駆け抜ける「Close to Me」、この4曲では、明らかに次のギアに踏み込むためのアート・パンクとでもいおうか、ルーツを確認しながらも、これまで以上に美しいフォルム、耳に響く音色、メロディー、上品なブルータルさが練られているのが分かる。

  そのまま受け継ぐように、世界的なバンドの5曲目、「NEW」が続く。タイトルを聴いて分かる通り、『Purple』に収められていた曲の別ヴァージョン。5分を越える中で、淡々とリズムが刻まれ、静かに音が重ねられ、ギターが残響を残し、ボーカルとドラムが奥行きのある空間で遠くに揺らめく。兎に角、サウンドスケープと各楽器のアンサンブルが骨組みだけながらも、鮮やかだ。6曲目の「Liminal」はストレートで疾走感のあるロック・チューン。ライヴでも映えてくるだろう、反復と微妙な差異が心地良く、スイングさせてくれる。間のギターのノイズも分断ではなく、接続のためのアクセントを示す。ミニマルな意匠とストイックな構成、後半への加速が印象深い「Flying Saucer」も録音物としての機能を隔て、演奏そのままの価値領域への再定義を促す。

  そして、9曲目からのPURPLEのパートも美しい。シューゲイズ・サウンドの中で高みに対して、陶酔を前に停めるかのような「With Mary」、淡々としたドラムのリズミングと呼応して、叫び声に深いエコーがかかる「Fly」、このアルバムのラストをしめる「Untitled」では7分を越え、モグワイやMONOが持つようなざらついた昂揚感を残し、終わる。

  このアルバムを聴き終わると、"NO NEW YORK"の残影もありながら、アンドレ・ブルトンがアメリカの画家アーシル・ゴーキーに使った「混種」という言葉を個人的に何故か想い出す。抽象/具象が安易な音楽的な解決方法を抜け、人間的である情動の沈殿物が「混種」内に今の、2012年の風景を描いている、そんなイメージが高度な自由さを持って発現している。作品物としても勿論、美しく、三バンドのそれぞれのこれからを示唆したものが合わさったケミストリーを起こしている内容になっている。だから、一回性の時間(ライヴ)でこれらの曲がどういう響き方をするのか、既にそちらに興味が向かう。既存の"固有されている"と思われるシーンとは、別にもう違う新しいうねりが地下水脈で起きている、それを実感させてくれる一枚だ。

【編集注】10月3日リリース予定


retweet