【合評】PASSION PIT『Gossamer』(Columbia / Sony)

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PSSION PIT.jpgのサムネール画像
  他のどんな傑作もかすむ、年間ベスト級のとんでもないファースト・アルバムでデビューを飾ったパッション・ピットが、すんごく良いセカンド・アルバムをリリースしてくれた。


  ファーストの頃のような、気が狂いそうになる絶望や怒りを無理やりハスキー・ヴォイスに転換させて、ポップが爆発したような印象は落ち着いた。そこはミーカのセカンド・アルバムでの変化と少し共通しているかもしれない。あるいは彼らも何とか生きていけるくらいの、世界との共通項は見つけられたのかもしれない。とにかく自分の脳内パラダイス(地獄かも)に引きこもってしまわなくて、ほんとうに良かった。これは翼を得た10歳の子供のような作品。オープンで爽快で、嘘がない。


  1曲目「Take A Walk」の、一歩一歩を深く踏み込むようなドラム・サウンドと雄大なコーラス、2曲目「I'll Be Allright」の"はしゃぎまわる"イントロ、そしてこのアルバムのなかでもっとも爽やかでキャッチーな「Carried Away」。この3曲だけで、アルバムを聴いたファンの笑顔が浮かんでくる。


  人間は歳をとるにつれて考え方も生き方も変わってくる。それは諦めを知ることかもしれないし、今まで喜びを感じていたことに鈍感になることかもしれないし、その逆かもしれない。『Gossamer』は、そのプロセスを完璧に記した作品だと思います。


  ポップであることの個性は、いまやほとんど通用しなくなった。だってどのバンドもポップじゃないか。難解なことをやっていたって、メロディはみんなポップだ。ポップであることに新鮮さを感じる時代ではない。だからこそ、ほんとうにポップであることを必要としているバンドは少ない。彼らはポップでなくてはならないのだ。パッション・ピットが暗い音楽をやっていたら、そこに救いなんかない。


《愛は何て貪欲なんだ  それは僕からすべてを奪っていく》(「Love Is Greed」)


  現実の美しさは、だいたいが絶望によってもたらされる。現実と、愛とダンスしよう。


(長畑宏明)




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 パッション・ピットについては2009年のファースト・アルバム『Manners』に関して、ここクッキーシーンのムック本『Cookie Scene Essential Guide: POP & ALTERNATIVE '00s: 21世紀ロックへの招待』で書いたので、良ければ、それも参考にして欲しいが、彼らはボストン、マサチューセッツ出身の5人編成のバンド。

 しかし、当初からバンドとしての共同体で進んできたのではなく、フロントマンのマイケル・アンジェラコスのソロ・プロジェクトだった。恋人へのヴァレンタイン・ギフトで作ったCDから始まり、そのCDの内容に巷間から注視が集まり、そこから、マイケルがメンバーを集めて、成り立ったというスタート地点。つまりは、ベッド・ルームから世界中のベッド・ルーム、更にはフロアーへプラグ・インした象徴的存在でもあった。アソビ・セクス、シャイ・チャイルドなどを手掛けているクリス・ゼインのプロデュースの効果もあったのか、生ドラム、ヴォーカル・サンプルの歪ませ方にシンセ、プラグラミングの妙、総体的に煌めきを保持する空気感は青い刹那の季節を駆け抜ける一枚として『Manners』はあり、特に「Sleepyhead」のユーフォリアは多くの人たちの心を掴んだ。フロアー・スピンも可能ながら、ライヴでも映える、フレンドリー・ファイアーズ「Paris」的なポジションを得ている。ちなみに、最近では、ジャンゴ・ジャンゴの「Default」もロック/ダンスを越えてくる曲だったと思う。

 さて、3年振りとなるフル・アルバムとしては2作目となる『Gossamer』だが、プロデュースは引き続き、クリス・ゼイン。ベースは、アッパーなムードと80年代的なダンス・ミュージックに宿るアトモスフィアといささか過度なほどの情報量、それを攪拌して、ふと挟み込まれる陰翳とブルー。間違いなく、前作からの確実なる深化作というような表現は相応しくない、どうにも引き裂かれたアルバムでもあり、それはマイケル自身の抱える双極性障害という病気や都度の心理的葛藤に揺れながらも、レコーディング中も艱難な状態に陥りながらも、どうにか「I'll Be Alright」と言い切るまでのドキュメンタリーだとも感じるからだ。

 先行でも公開されていた「I'll Be Alright」は、「Sleepyhead」をよりマッシヴにしたような鮮やかなポップ・チューンだったが、その歌詞の一部では《You Should Go / If You Want To / Yeah Go If You Want To / I'll Be Alright, Be Alright (筆者拙訳:あなたがしたいことなら、すべきだよ、もしあなたがしたいならばさ 僕は大丈夫だろうから)》、《This Party Is Over / Now It Isn't Happening(このパーティーは終わった、今は行なわれてもいない)》など君と僕を巡っての錯綜を主軸に、つまり、マイケル自身のナイーヴな心情の動きが良質なメロディーとトランシーなアレンジメント、ビートと鬩ぎ合うことで、不思議なダイナミクスをもたらせている。また、「Carried Away」という朗々たる女性コーラスと交じる曲では、MIKA(ミーカ)のような晴れやかさも感じさせ、さらに、アルバムを通じて、時おりのマイケルの声は、まるで一時期のグリーン・ガートサイド(スクリッティ・ポリッティ)を思わせもする。

 このアルバムでは、哲学的かつ内向的な歌詞とダンス、エレクトロ・ポップの折衷という紋切り型の表現より、恋人へのヴァレンタイン・ギフトで始まった「以降」、世界に揉まれ、マイケルが抱えていた心理的な混乱に連結した沈鬱な歌詞の世界観がふと浮かび上がりながら、それらをポップ・ミュージックとして結び合わせる、そんな捩れがある。ライヴでも既に人気となっている昂揚感に満ちた「Mirrored Sea」でもこういったラインがある。《Good Men Are Scarce And Few / But Always Passing Through(グッドな男たちは欠落している、でも いつも過ぎ去ってしまうんだ)》。

  ただし、それを往年のペット・ショップ・ボーイズに見受けられるようなエレクトロニックなサウンド・メイクとメロディーの美麗さで舞い上げる。並存して、「Cry Like A Ghost」、「It's Not My Fault, I'm Happy」のミドル・テンポの曲が入ることで、ビタースイートな感覚をより顕現させているのも今作の特徴であり、エレクトロニカ的意匠の入った「Where We Belong」を含めて、あくまでサウンド面がハレだけで押し切られていないところにも意味があると思う。アルバム・ジャケットから曲の印象で、眩さを感じるところもなきにしもあらずだろうが、非常に一つのアングルとして捉えるには難しい作品であり、このイメージは2012年のシーンでも特異なものとして受け止められるのではないだろうか。

  《It's Not My Fault, I'm Happy / Don't Call Me Crazy, I'm Happy(それは僕の欠点じゃない、僕は幸せなんだ 僕のことをおかしいなんて言わないで、僕は幸せなんだ)》
(「It's not my fault,Im happy」)

 アルバム名に付された"Gossamer"にしても、か細い糸という意味であり、そんなか細い糸を手繰り寄せる間に、彼らも確実に失った何かがあるが、この作品はその喪失とともに踊るためにある気がしてならない。


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