アニス&ラカンカ『Aniss And Lacanca With The Chill Hearts』(This Heat / P-Vine)

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anis.jpgのサムネール画像

  ここには自我を削いだ歌がある。素の、あるいは無防備な歌と言える歌には草原で無邪気にたわむれるMV同様に、歌声を楽しんでいるところが窺えて、その無防備な姿勢が自然に自由に彼女らの個性を浮かび上がらせていく。するりと構えずに出てきたアニス&ラカンカの、聴けばすぐ誰が歌っているのか分かる個性的な歌声を聴いていると、あらためて個性と自我は別ものだと思わされる。「私の歌」を過剰に歌うシンガーにはない、漂い、浮遊し、やがて聴き手に溶け込む歌は、まるで雰囲気に似たものでありながら、しかし、芯があり、その吸引力は強い。

  フォーク・デュオであるアニス&ラカンカとはmmm(ミーマイモー)と埋火の見汐麻衣によるニュージャージーからやってきた姉妹ユニットとのことで(もちろんその設定はフィクションなのだけど)、ファースト・アルバムとなる本作『Aniss And Lacanca With The Chill Hearts』には、mmmと埋火の音楽性とは違う60年代ガールズ・グループを思わせる古き良きアメリカン・ミュージックの要素が多々ある。だが歌謡曲的なメロディ・ラインも含まれていて実に親しみやすい。音響も凝っている。ニュージャージーからやってきたという設定ながらもJ-POPや音響派、90年代オルタナティヴ・サウンド、ジャズやファンク、ドゥーワップ、カントリー、時として昭和歌謡を思わせるメロディなどをあっけらかんと取り込み鳴らしてしまうところから、音楽をジャンルというハサミで切らない今日的な感覚をアニス&ラカンカは持っていることが窺える。

  フェイク、スキャット、ハーモニーの柔らかさ、メロディ・メイカーとしての素晴らしさ、バンド・サウンドとしての一体感。そのどれもがリラックスした雰囲気そのままに、どこかへ流れることなく、良い意味でこなれたところもなく、「対峙するような音楽ではないと思う」という本人の言葉どおり気取ったところの一切がない。本作を小難しく考えるのは野暮なのかもしれない。

  いやいや、しかし、個性という観点で言えば、mmmの自由度の高い音楽性は活きているし、埋火の素通りできない、やや刺のある音楽性もまた、活きている。

  6曲目「マレーナ」でのmmmと見汐麻衣の歌声のかけ合いは、さながらROVOでの勝井祐二と山本精一のインプロヴィゼーションを彷彿させる躍動感があり、聴いていると前のめりになってしまう。はっきり言えば興奮する。これはふたりの歌のインプロヴィゼーションであり会話だ。しっかりしたメロディがありながら高音と低音が複雑に絡み合い、歌でリズムを作り、そしてそれを崩していく様子は歌とインストの違いはあるにせよ、マイルス・デイヴィスの「Nefertiti」にも通じるところがある。結果的に、mmmと見汐麻衣はアニス&アランカという匿名性を身にまとうことで今まで以上に自由奔放に可能性という蛇口をひねっている。しかもそれが偶発の産物とのことだからすごい。

  穏やかに音が染み込んでくる感覚があるのに高揚する本作を聴くことはある種の事故だ。予定調和ではない面白さが十分ある。あらかじめどんな音が鳴るのか分かっている音楽を聴く心地の良さは、音楽のひとつの側面としてあると思うのだが『Aniss And Lacanca With The Chill Hearts』は逆だ。一見、和やかなのに、思わぬ音に衝突してしまう驚きがある。そしてそれは知恵の輪のように絡まる歌によって醸しだされる。本作はただ気持ちいいだけのリラクゼーション・ミュージックではない。

  ボブ・マーリーが言ったように歌うことは呟きから始まるのだとしたら、何気ない歌のかけ合いから生まれたアニス&ラカンカの歌は何にも縛られない歌として今を生き、羽ばたき続ける未来がある。そういった輝きを秘めた音楽だ。

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