高野寛+伊藤大助「太陽と月、ひとつになるとき -EP」(Tropical)

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高野寛+伊藤大助.jpgのサムネール画像

 ひとつの美を見た。そんな気がした。作られた美ではなく自然な美を。無論、青空は美しい。紅葉も美しい。だが、作家、坂口安吾が「人間以上に美しいものはない」と言ったその意味を、本作を聴いて分かった気がした。「太陽と月、ひとつになるとき -EP」は、人間味のある美なる音を届けてくれる。その音を吸い込むと気持ちの浮遊があり、音のゆるやかな流れに沿って見知らぬ場所へ連れて行かれるような感覚もあるのだ。


 シャウトせず、語ることもせず、程好く、たおやかな高野寛の歌声が空間の隅々に広がっていく1曲目「太陽と月、ひとつになるとき」での、そっと弾かれるエレクトリック・ギターの刺激。破綻のないメロディのやさしさ。トッド・ラングレンのような音の使い方。ダイナミックなドラム。それらはどこにも反射することなく真っすぐ聴き手に届いてくる。それが嬉しくて楽しくて清々しくて何度も聴いてしまう。


 2曲目「た す け て」は数十分で作った曲とのこと。ハード・ロック風のギター・リフとともに丁寧にドラムが鳴り、ことん、ことん、ひゅんと鳴る電子音がアクセントになっている。刺激と温かさのある曲だ。歌声が他の音とぶつかり合うことなく、すっと耳に入ってくる。夢の中でさえこの音を聴けたらどんなに素晴らしいことか知れない。


 私事だからと言って恐縮はしないけど、僕が音楽を聴き始めたのは高野寛の影響だ。その音楽を、当時の僕は何よりもリアルだと思ったのを覚えている。いたるところで見られる作り笑い、なれあいの集団意識、事務的な口調、それら全てが高野寛を聴いていると消え去っていく気持ちになった。そして今、高野寛は20年前と変わっていない。3曲目「いちぬけた」ではこう歌われる。


《晴天の霹靂や偶然の必然は日常茶飯事 / これからはどうなんだ? 困難か? そうなんだ、考え抜くのさ》


 社会現象にも敏感な高野寛が歌うこの歌詞は震災に関しての歌ではないだろうか。そしてこうも歌う。


《うろたえるのも忘れ / 何も見えないままで / 取り憑かれたみたいに / 踊り続けるのなら / 俺はいちぬけた / ここでいちぬけた》


 高野寛の、何も見えないままで虚構の情報に踊らされることから離脱する意思が窺える。


 ラストの4曲目はグレイトフル・デッドのような、インストゥルメンタル・セッション。ロック、ブルーズを思わせる力強いフレーズが次々と溢れ出る。音の呼吸を読む伊藤大助のドラムも職人的だ。この曲のタイトルは「Proteus Boogie」。"Proteus"とは変身と予言の能力のある海神のこと。生み出し続ける強いグルーヴにも意思が宿っているように思える。「このままの日本でいいのだろうか」「それを常に考え続けなければならない」、そんな意思が。その末に見える美こそ本当の美だと思う。高野寛と伊藤大助は、音楽的な美だけではなく、音楽と国民が作る平和を美と見立てている。聴くほどに深い作品だ。10月31日に発表されるアルバムを待ちたい。


(田中喬史)


【編集注】OTOTOYiTunesレコチョクにて配信中

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