September 2012アーカイブ

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 秋の終わりを感じさせる歌、ヤスリの上を歩いているような歌と例えられる歌声を持つキャット・パワーことショーン・マーシャルの歌にはいつだって偽りなどなかった。何かに安易に流されない"凄み"がある。抑制されていながらも、聴き手の気持ちのざらついた部分と摩擦し合うその歌声は、常に僕らの痺れを誘い、同時に安堵さえもたらす。唯一無比の歌声。キャット・パワーことショーン・マーシャルの作品を聴くことは「ショーン・マーシャルを聴く」という表現がぴったりくる。彼女は絶対に音楽を自分の中に閉じ込めないし、自家中毒にも陥らない。


 それをデビュー当時から貫いている彼女は本作『Sun』においても自分の歌声を変えることなどしない。いや、ショーン・マーシャルの歌声とは、変えられないほど絶対的な響きとして鳴り渡る。時にささくれだって、時に穏やかに。自身の心情を潔く身にまといながら、狂おしささえ含めて迫ってくる歌声とコーラスは、静かに、しかし圧倒的な存在感をもってして聴き手の感情の昂ぶりや沈みを消し去り、はたまた引き出したりと、聴き手の中にあらかじめ存在しているが喜怒哀楽では表現できない感情をあぶり出す。僕はなんだか徹夜明けに見る太陽の光の刹那さを思い出した。


 あらゆる娯楽や芸術は人間の内部を照らし、感動とともに今ここにいるという生を実感させる。決して聴き手を傍観者にさせない。それを具現化しているのが七尾旅人であり、シガー・ロスであり、キャット・パワーだ。その魅力に惹かれ、僕らはいつの間にかキャット・パワーの音楽と向き合っていることに気付く。


 ショーン・マーシャルとは、さりげなく「自分は自分のままでしかいられない」という常套句を、強い説得力をもってして歌にのせて伝えられる数少ないシンガー・ソングライターだからだ。逆を言えば、自分しか表現できない。それは素晴らしいことだと思う。PJハーヴェイは『Let England Shake』にて外(世界)に目を向け、開放感のある音世界を創作したが、ショーン・マーシャルは常に聴き手に目を向ける。今なおパーソナルな心情をさらけ出し、聴き手と向き合うことを恐れない。むしろ、聴き手と目と目を見詰め合うことを求めている。彼女の歌声を聴けば自然体でいることの勇気に感服し、反省させられるものがあるのだ。


 カヴァー・アルバムを含めれば約4年半ぶりのフル・アルバムとなる本作だが、ここにも自然体でいることの勇気、大切さは詰まっている。そしてそれはショーン・マーシャルという生身の人間が立っていることを思わせる生命力に満ち、雄大な生命に溢れた音楽とでも言うべき作品に仕上がった。もちろん、これまで彼女が発表した作品の全てにも時が経っても決して失われない、呼吸音の擦れさえ聞こえてきそうな生命力があったが、セルフ・プロデュースである本作に重苦しい雰囲気はほとんどない。


 本作のミックスを手掛けたのがビースティー・ボーイズの『Hot Sauce Committee Part 2』のミックスを手掛けたフィリップ・ズダールということもあってか、軽やかに音が弾んでいる。情動に訴えかけてくる音の数々。もし感情に境界線があるのなら、その上で鳴っているようなサウンドが打ち込みやシンセとともに鳴り、ラップ、ブルーズ、ソウル、ビート・ミュージック、IDMの要素とともに優美に跳ねている。そんな本作は、感情の境界線上とともにジャンルの境界線上で鳴っているようでスリリング。そこにショーン・マーシャルの歌声と静かに降りてくるようなコーラスが加わると、パッションという生命力がとても静かに膨らんでくる。


 しかもジ・エックス・エックスの『XX』にあるような空間処理を施した音響空間すら何気なく忍ばせていたり、イギー・ポップが参加しているデヴィッド・ボウイのような曲もある。カヴァーしたことのあるバンドやアーティストから、単に影響を受けるのではなく、溶け込ませるわけでもなく、自らの音楽性とぶつけ合わせて出てきた本作は、歌声はもちろんのこと、サウンドのどれを取ってもキャット・パワー。要は、刺がある。『IRM』を悪く言うつもりは毛頭ないが、ショーン・マーシャルはシャルロット・ゲンズブールの『IRM』を選ばなかった。そこに彼女のメンタリティが端的に表れている。借り物の音なんて全然ない。


 それゆえに思うことがある。本作『Sun』を、「エレクトロニカ的な方向へ進んだ意欲作」と評する向きがあるが、僕にはそれが分からない。エレクトロニカ的なアプローチを取ることはショーン・マーシャルにとって意欲的なことではないからだ。彼女が98年に発表した『Moon Pix』の「American Flag」を聴いてもらえれば分かってもらえると思う(ダーティ・スリーのミック・ターナーとジム・ホワイトが参加)。本作は過去の作品とともにフラットに捉えられることができる音楽だ。物凄い変貌はない。


 確かに音楽性のふり幅は広がっているし、ポジティヴな空気も広がっている。しかし思うのは、『Sun』の中核にあるのはあくまでも彼女の偽らない歌声であり、彼女のアイデンティティが強く出ているということだ。その声に痺れる。一体僕らはどれだけの偽りの声を聞いてきたのか。テレビから、ラジオから、オトナから。彼女の歌には、そんなものとは何百光年も離れた声がある。それがいい。それだけでいい。



田中喬史) 

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LOS JARDINES DE BRUSELAS『Light And Glow』.jpg

 スペイン語で"ブリュッセルの庭園"を意味するロス・ハルディンズ・デ・ブルセラスを名乗るエセキエル・デ・ラ・パーラは、アルゼンチンはブエノスアイレス在住のアーティストだ。


 筆者が彼のことを知ったキッカケは、昨年リリースされた『Floating In Dreams』。驚くほどチープだし、詰めの甘さも感じさせるサウンド・プロダクションではあったが、言葉では捉えきれない"ナニカ"に迫ろうとする音粒には、萌えるようなの"夢"があった。


 彼に対する興味がさらに強くなったのは、今年6月に出たシングル「Why Are We Here?」。『Floating In Dreams』よりも遥かに進化した音作りと洗練が、そこにはあった。クレジットを見てみると、古くはザ・ラプチャー「House Of Jealous Lovers」、最近ではメジャー・レイザーによるホット・チップ「Look At Where We Are 」のリミックスでもマスタリング・エンジニアを務めたポール・ゴールドの名があり、「Why Are We Here?」を聴いて感じた劇的な音質の向上にも納得がいった。


 そのポール・ゴールドが全曲マスタリングを務め、作りあげられたのが『Light And Glow』である。ドリーミーな音像とふわふわ舞いあがるグルーヴはそのままに、オーガニックな人工美に包まれた音像、そしてヴォーカルも開放的に響くなど、風通しの良い作品に仕上がっている。


 多様な音楽性を覗かせるのも本作の面白いところで、「Aurora Borealis」でサンプリングされている日本語のニュース(元ネタはおそらくこれ)からは、ヴェイパー・ウェイヴ以降(と、言ってしまっていいと思う)のインターネット・ミュージック的感性を感じとれるし、さらにはドローン/アンビエント、ニュー・エイジ、トロピカル、80年代UKインディー・ポップまで取りいれるなど、まさに"よりどりみどり"なポップ・ソング集となっている。


 強いて推し曲を挙げるなら、「Me And The Animals」だろう。緩いテンポと甘美なシンセワーク、そしてなにより、ソブレナダル(Sobrenadar)の囁くようなヴォーカル。彼女もアルゼンチンで活動するアーティストで、今年リリースの『1859』が話題になったのも記憶に新しい。


 ちなみに本作は、ほぼすべて宅録だそうだ。このこと自体は珍しくないが、ひとりの青年が住むブエノスアイレスの家から生まれた本作は、どこへでも行けるノマド的全能感に満ちている。自身のバンドキャンプでは様々なタグをつけているが、そのなかでは"スペース・ポップ"(Space Pop)"が相応しいかもしれない。形容するならば、"アルゼンチンのベッド・ルームから宇宙に手を伸ばすドリーミー・サウンド"といったところか。



(近藤真弥)



【編集注】本作はアーティスト本人《Mamushka Dogs》のバンドキャンプからダウンロードできます。

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Magical Mistakes『Everything Uncertain』.jpg

 マジカル・ミステイクスことエリック・レーブスによる本作は、聴く者をトランス状態に導くと同時に、テクノロジーと自然が入り乱れる現代を描写する、 とてもイマジネイティヴな作品である。


 リリース元の《Day Tripper Records》は、一貫したサウンド・コンセプトとして「惑星への小旅行」を掲げているが、電子音はもちろんのこと、ピアノ、ギター、ドラム、バイオリン、さらにはフィールドレコーディングや自身の声といった生音を多用し、これらを巧みに折衷させた本作の音世界は、幾分ナチュラルな雰囲気を醸しだしている。そんな雰囲気から機微として感じられるのは、デジタルとアナログを融合し、50年代のエキゾチカ・ミュージックやジャズにまでリーチできる幅広い音楽性を築いた808ステイトだ。


 さらに近年リバイバルの動きを見せるニュー・エイジ的音像も窺えるなど、本作に広がる音の海は、多様性で満たされた深く広大なものである。エレクトロニック・ミュージックの一言で済ませるには、あまりにもったいない豊穣さ。今年1月にリリースされた「Special Friends EP」でも感じられたことだが、エリックは無機質なイメージに色彩を加え、オーガニックなアトモスフィアを生みだすのが本当に上手い。


 10年代以降のインターネット・ミュージック、例えばLLLLのような、どこかツルっとした人工的サウンドを鳴らしながらも、そこにソウルを見いだすことができる世界観、そして、それを受けいれるだけの寛容性を身に付けつつある聴き手が増えた'今'に間違いなく響く作品だ。



(近藤真弥)

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TRAXMAN『SPIN DA WAX Series Pt.1 The Shape Of JUKE 2 Come』.jpg

 たまにジェフ・ミルズのDJプレイを"ゴッドハンド"と形容する人がいるけど、シカゴにもゴッドハンドはいる。それは誰であろうトラックスマンである。本作は、ジューク・オンリー・ミックスCDシリーズ《SPIN DA WAX》の第1弾として、日本のジューク/フットワーク・レーベル《Booty Tune》からリリースされた作品。今年度ベスト・アルバム候補の『Da Mind Of Traxman』で話題を呼んだことも記憶に新しいが、今度はミックスで我々を驚かせようというわけだ。


 『Da Mind Of Traxman』はジュークだけでなく、テクノやハウス、ヒップホップなど各方面から高評価を得た作品だが、それはジューク自体が高い順応性を持っているのはもちろんのこと、トラックスマン自身に豊穣な音楽的背景があるからこその高評価だと思う。本作は、その豊穣な音楽的背景をミックスで楽しむことができる。


 メロウなトラックからフリーキーな声ネタものまで幅広くチョイスし、豊富な経験を駆使して起伏と興奮を生みだす。そしてなにより、それを可能にする懐の深さ。これはシカゴ・ハウスの黎明期を知り、現在のジューク/フットワークの下地を築いたオリジネイターだからこそ可能なのかもしれないが、それ以上に重要なのは、トラックスマンの人柄である。


 トラックスマンほどの経験とテクニックがあれば、聴く者を蹂躙するようなプレイもできるのだろうけど、本作を聴けばわかるように、トラックスマンはすごくサービス精神旺盛で、言ってしまえばエンターテイナーである。もちろん「どうだい?」とドヤ顔を浮かべているであろう瞬間もあるが、それがまったく嫌味になっていない。心の底から「スゴい!」と叫ぶことができる。これは、トラックスマンの器の広さがそうさせるのではないか。思わずニンマリするくらい楽しい本作を聴いていると、そう思えてならないのだ。



(近藤真弥)

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高野寛+伊藤大助.jpgのサムネール画像

 ひとつの美を見た。そんな気がした。作られた美ではなく自然な美を。無論、青空は美しい。紅葉も美しい。だが、作家、坂口安吾が「人間以上に美しいものはない」と言ったその意味を、本作を聴いて分かった気がした。「太陽と月、ひとつになるとき -EP」は、人間味のある美なる音を届けてくれる。その音を吸い込むと気持ちの浮遊があり、音のゆるやかな流れに沿って見知らぬ場所へ連れて行かれるような感覚もあるのだ。


 シャウトせず、語ることもせず、程好く、たおやかな高野寛の歌声が空間の隅々に広がっていく1曲目「太陽と月、ひとつになるとき」での、そっと弾かれるエレクトリック・ギターの刺激。破綻のないメロディのやさしさ。トッド・ラングレンのような音の使い方。ダイナミックなドラム。それらはどこにも反射することなく真っすぐ聴き手に届いてくる。それが嬉しくて楽しくて清々しくて何度も聴いてしまう。


 2曲目「た す け て」は数十分で作った曲とのこと。ハード・ロック風のギター・リフとともに丁寧にドラムが鳴り、ことん、ことん、ひゅんと鳴る電子音がアクセントになっている。刺激と温かさのある曲だ。歌声が他の音とぶつかり合うことなく、すっと耳に入ってくる。夢の中でさえこの音を聴けたらどんなに素晴らしいことか知れない。


 私事だからと言って恐縮はしないけど、僕が音楽を聴き始めたのは高野寛の影響だ。その音楽を、当時の僕は何よりもリアルだと思ったのを覚えている。いたるところで見られる作り笑い、なれあいの集団意識、事務的な口調、それら全てが高野寛を聴いていると消え去っていく気持ちになった。そして今、高野寛は20年前と変わっていない。3曲目「いちぬけた」ではこう歌われる。


《晴天の霹靂や偶然の必然は日常茶飯事 / これからはどうなんだ? 困難か? そうなんだ、考え抜くのさ》


 社会現象にも敏感な高野寛が歌うこの歌詞は震災に関しての歌ではないだろうか。そしてこうも歌う。


《うろたえるのも忘れ / 何も見えないままで / 取り憑かれたみたいに / 踊り続けるのなら / 俺はいちぬけた / ここでいちぬけた》


 高野寛の、何も見えないままで虚構の情報に踊らされることから離脱する意思が窺える。


 ラストの4曲目はグレイトフル・デッドのような、インストゥルメンタル・セッション。ロック、ブルーズを思わせる力強いフレーズが次々と溢れ出る。音の呼吸を読む伊藤大助のドラムも職人的だ。この曲のタイトルは「Proteus Boogie」。"Proteus"とは変身と予言の能力のある海神のこと。生み出し続ける強いグルーヴにも意思が宿っているように思える。「このままの日本でいいのだろうか」「それを常に考え続けなければならない」、そんな意思が。その末に見える美こそ本当の美だと思う。高野寛と伊藤大助は、音楽的な美だけではなく、音楽と国民が作る平和を美と見立てている。聴くほどに深い作品だ。10月31日に発表されるアルバムを待ちたい。


(田中喬史)


【編集注】OTOTOYiTunesレコチョクにて配信中

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アトムス.jpg

 今年のレディオヘッドのフジロックでのパフォーマンスに関しては色んな意見を聞いた。高度でテクニカル過ぎる、というものから、グルーヴィーで最高、という両極のものまで。シンガロングできる曲は基本、少ないバンドだが、ツアー内でふと演奏される「Karma Police」辺りで緩やかにオーディエンスに差し出されるマイクはサービスなのか、それとも、追憶と鬩ぐオーディエンスたちの儚い幻想へのサルベージなのか、考えてもしまう。


 あまりに巨大化してしまったバンドとしての彼らは或る種、計算された無軌道な活動と突然のニュース、リリースを是とし、多くのメディアからは背を向け、ステイトメントを絞っている。『The King Of Limbs』というパッケージング作品そのものに足りないダイナミクスはやはり、バンド総体として練り込まれたセッションの中で産み出されたものではないという証左で、ゆえに、ライヴではポーティス・ヘッドのサポート・メンバーであるクレイヴ・ディーマーがドラム、パーカッションとして「6人目」の色、身体性を加えている。そのため、よりポリリズミックにミニマルに、グルーヴィーな疾走感を手にしている。プログレッシヴ・ロックの影響下にあった『OK Computer』、IDMへ接近し、バンド・サウンドを静かに傍らに置いた『Kid A』、それまでのベーシックな要素とラグタイム的ななめらかさを含んだ『Amnesiac』など彼らは貪欲に多くのジャンルのクロスオーバーとエクレクティズム、自由を邁進し、ときにそれがラジカルだと一部のメディアでは評された。


 バンドとしての演奏技量、冒険心、演出、美意識など挙げてゆくまでもなく、歩みを続ける中で、トムは06年にソロ・アルバム『Eraser』を出し、他のアーティストの作品に客演し、ジョニーは幾つもの映画のサウンドトラックに携わり、フィルのソロ・アルバムも好評価を得るなど、"五人でのレディオヘッド"をより立体化せしめる恒常性と、DIYによる『In Rainbows』以降からの流通、配信形式、積極的な外部アーティストへの原曲のリミックス・ワークの委託は業界そのものにも影響を与え、多くのアーティストに刺激をもたらせた。反面、彼らの肥大した記号性が先走りすぎているきらいもあり、常に作品、ライヴを巡っては賛否両論も巻き起こすことになったのは言うまでもない。


 さて、2013年、年明けにはリリースされると言われているファースト・アルバムを控えるアトムス・フォー・ピース。既に、日本では2010年のフジロックでヘッドライナーとしてパフォーマンスを見せている。ちなみに、メンバーはプロデューサーとしても敏腕のナイジェル・ゴドリッチ、ベック、R.E.Mなどのキャリアを重ねたベテランのドラマーのジョーイ・ワロンカー、パーカッションのブラジル生まれのマウロ・レフォスコ、レッド・ホット・チリ・ペッパーズのフリー、レディオヘッドのトム・ヨーク。当初は"Eraser Band"と呼ばれていたとおり、トム自身の『Eraser』をバンド的な有機性で演奏する、そういうスタイルであり、フジロックの際でも、軸はそこにあり、アトムス・フォー・ピースとしての何らかの新曲の打ち出し、ステイトメントがあった訳ではなかった。なお、バンド名はトムのソロ曲の「Atoms For Peace」に依拠するのだろう。ちなみに、アルバム自体がエレクトロニカを基調にした箱庭的なものであり、当該曲もリリック内容は幾分、明るく、決して露骨な表現は出てこない。孫引くまでもなく、"ATOMS FOR PEACE"とは、1953年のNY、国連総会でのアメリカ大統領アイゼンハワーの提議した言葉である。終戦後、そこから競争のように核開発を進める各国にあくまで平和利用のための核を、という想いを込めたものだった。


 2011年には既にアルバムを上梓したとアナウンスが為されながらも、リリース形式は変則的になされている。今夏、初マテリアルは、『In Rainbows』のジャパン・ツアーでのフロント・アクトもつとめ、トムとも親交が厚いモードセレクターのレーベル《Monkey Town》傘下、《50weapons》から「Other Lives」というシングルが出された。限定ヴァイナル、その後は配信もされ、レディオヘッドの今年のUSツアーでサポートしたアザー・リヴズの曲「Tamer Animals」のアトムス・フォー・ピース名義でのリミックス、そして、彼ら自身の曲「Other Side」もリミックスで収録というもの。この「Other Side」は来るべきアルバムに入るだろうが、その「Other Side」とトム自身が《Rag&Bone》のショーのための音楽として提供した、いかにもミニマルな打ち込みのソロ楽曲「Stuck Together」を合わせており、全体像は8分弱のエレクトロニカとしてのラフな部分が浮かぶ。時おり、トム自身が何らかの契機でDJを受け持つとき、アルバムに入るであろう数曲、披露するなどしていたが、DJ用に加工されていたり、よく全体は見えなくもあった。


 各メンバーのプレイヤビリティを考えると、セッションの中で一気に輪郭ができそうだが、ようやくのこのファースト・シングル「Default」は打ち込み、深いリヴァーヴが掛かり、コーラスが重ねられるなど、トムとナイジェル色の強い二次加工の見える曲で、バンド・サウンドという印象は受けないものになっている。リリックも、《I laugh now / But later's not so easy / I've gotta stop / The will is strong / But the flesh is weak /Guess that's it / I've made my bed / And I'm lying in it》という翳りを含んだ相変わらずの基底を抉る。


 正直、ビート・メイク的には最新のものではなく、トムのボーカリゼーションも朗々と響きわたりながら、どうにもメッセージがはっきりと届いてこない。《I avoid your gaze / I turn out of phase》に沿うならば、「あなた」≒巷間の視線を避け、違うフェイズを作り上げたのかもしれないが、現在において、彼らがシーンに投石するための導路は困難だともいえる。新しいビート・メイカーやエッジに立つバンドたちの台頭やさらには、メガ・バンドの燃費の悪さと、反比例しての過度な注視度の高さとジャッジメントの厳しさもあるからだ。


 先進性と強度を含み、何もかも高次で結実できることはないとしても、彼らにはやはり世界の視線と期待が集まっているのも確かだ。この「Default」の時点で、まだ得心できているリスナーは居ないだろうと思うゆえに、早くアルバムの全容を待ちたい。


(松浦達) 



【編集注】本作はiTunes StoreAmazonで配信中。アナログ12インチ盤は10月にリリース予定。

2012年9月24日

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2012年9月24日更新分レヴューです。

【合評】PASSION PIT『Gossamer』
2012年9月24日 更新
VARIOUS ARTISTS『Soon V.A』
2012年9月24日 更新
アニス&ラカンカ『Aniss And Lacanca With The Chill Hearts』
2012年9月24日 更新
HOT PANDA『Go Outside』
2012年9月24日 更新
VARIOUS ARTISTS 『Underrated』
2012年9月24日 更新
THE CRIBS 『In The Belly Of The Brazen Bull』
2012年9月24日 更新
印象派「SWAP」
2012年9月24日 更新

2012年9月17日

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2012年9月17日更新分レヴューです。

OGRE YOU ASSHOLE『100年後』
2012年9月17日 更新
RICARDO VILLALOBOS『Dependent And Happy』
2012年9月17日 更新
WILD NOTHING『Nocturne』
2012年9月17日 更新
ツジコノリコ+竹村延和『East Facing Balcony』
2012年9月17日 更新
SMILELOVE「Njajaja」
2012年9月17日 更新
ドレスコーズ「TRASH」
2012年9月17日 更新

2012年9月10日

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チーナ『GRANVILLE』
2012年9月10日 更新
MARIA MINERVA『Will Happiness Find Me?』
2012年9月10日 更新
くるり『坩堝の電圧』
2012年9月10日 更新
トクマルシューゴ「Decorate」
2012年9月10日 更新

2012年8月

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  • ザ・ヴァクシーンズ

    台風の目は静かだって言うけど、今はその目のなかにいるのかもしれない

  • パッション・ピット

    正しい場所を見つけられたのかというと、まだ見つけることはできていない気がする

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