RUSSIAN RED『Fuerteventura』(Octubre / Sony Music)

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Fuerteventura.jpg この作品を聴いて僕は率直に素晴らしいと思った。誰もに聴いてほしいと思った。美しくて、決してスノッブにはならない気高さがあって、飾っていなくて...。要は大傑作なのだ。甘美なコーラス、バンジョーの温かさ、遊び心のあるハンドクラップと音響による対比で浮かび上がってくる歌声、ジャジーな香り。それらが歌の存在感を広くする。空気に溶けていく彼女の繊細な歌声は、ふと誰かとすれ違ったような刹那さがあり、都市の喧騒の匂いが一切しない。妙にアーティスト気質にかぶれず、散歩をしながら歌を口ずさんでいるような親しみがあるところも良い。にもかかわらず幻想的なところがあり、聴いているとひとりの美女が誰もいない神聖な場で華麗に舞いながら歌っている姿が目に浮かぶ。

 その歌にはマリア・マルダーの影が見えればローラ・ニーロやジョニ・ミッチェルの影さえ見える。当クッキーシーン・ウェブのインタビューで「いい曲なら何でも聴く。音楽に貴賎はない」と語るロシアン・レッド(インタビューでの発言もスノッブなところがない)。「いい曲なら何でも聴く」という言葉そのままに、彼女には豊富な音楽的バック・グラウンドがある。スマッシング・パンプキンズ、ビートルズ、曲名にもなっているニック・ドレイク、日本盤のボーナス・トラックに収録されているドローン、フォークトロニカの要素を取り入れたクイーンのカヴァー「We Will Rock You」。アメリカ南部音楽。スペイン、アルゼンチン音楽。ジャズも聴いているはず。そして、ベル・アンド・セバスチャン

 本作は敬愛するベルセバをプロデュースしたトニー・ドゥーガンをプロデューサーとし、スティービー・ジャクソンやリチャード・コルバーンなどベルセバのメンバーが協力参加した。レコーディングはグラスゴー。それゆえにベルセバを思わせる作品になっている。しかしスパニッシュ・サウンドを落とし込んでいて、ブリティッシュ・フォークを思わせるサウンドなのに音の表情は曲が進むにつれて変わっていく。SUMMER SONIC 2012でのライヴでも披露されたフロアタムと歌のみで聴かせる「Mi Cancion7」から土着性と多国籍性を感じた。彼女がやろうとしていることは、あらゆる国の伝統と文化を溶け合わせた音楽ではないだろうか。そういった意思がライヴで強く見られたのだ。それを行なうのはかなり困難だが、グローバリズムとは別の文脈で純粋に音楽の為にいくつもの国の土着性を取り込んでいる姿勢と音楽性は絶賛したいし、サウンドそのものも絶賛したい。

 ロシアン・レッドは創作時に「必ず"希望のための余白"を空けておく」と言う。希望とは"余白を埋めること"ではない。埋め尽くされたところには何もかもが入り込む余地がなく、空けておけば、彼女と聴き手の感情だろうと多国籍的な音だろと文化だろうとすっと入る。フォーク・ソングの一言で終わらない彼女の音楽性は、ベルセバのようにそんなミステリアスなところがある。当初はプロデューサーにデイヴ・フリッドマンを招きたかったようだが、それも深みのある不思議さを醸し出したかったからだろう。

 音楽の伝統や文化の深い部分はそうそう簡単に国境を越えることはない。だが、本作で鳴っている音に乗ると世界のどこへでも行ける。スペインの日常から離れることが大好きな彼女のように。ワールド・ミュージックの模様さえ窺がえる本作は、音楽性は違えどROVOヒア・ウィ・ゴー・マジックのようにワールド・ミュージックという記号を溶かすものとして広がるだろう。その意義は大きい。

 ちなみにロシアン・レッドには2年ほど前に音楽から距離を置く為、タイトルになっているフエルテベントゥーラ島に一人旅をした。アフリカ人密航者がモロッコからやってくるのが問題になっている島だ。それを思うと『フエルテベントゥーラより愛をこめて』という邦題は、この美しき作品が島の平和を望んでいると考えることができる。本作は伝承される作品に成り得る可能性があると同時に、和やかに、しかし誠実に受け止められたい。

 

(田中喬史)

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